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ライトニング・シューター  作者: 黒羽燦
一巻《鳳凰の息吹》
12/31

chapter 10 安寧

「……随分暖かくなってきたな」

 教室の窓から顔を突き出して洋介は一人ごちる。眼下に広がる校庭では、部活勧誘にかわって体育祭の練習が繰り広げられていた。暫くそれを眺めてから、そろそろ部室へと考えて頭を引っ込めた。

 いつもは女子が数人おしゃべりをしている程度である放課後の教室も、今日は半数ほどの生徒が残ってポスターやら応援旗やらの制作に勤しんでいた。

 ちなみに洋介は、クラスメイトからの推薦で個人種目を中心に出場することになっていた。五十メートル走は五秒台、走り高跳びは百八十センチを越える洋介が出場するということで、同じクラスの陸上部の生徒の立場を脅かしている。

「坂上くん」

「あおっ!」

 洋介は奇声をあげて振り向く。もし彼女が銃を持っていたら確実に三発は貰っていただろうと、余分なことを考えた。

「文香さん……びっくりさせないで下さいよ……ってメガネ? どうしたんですか?」

 文香が眼鏡のフレームを持ち上げた。かれこれ一週間程の付き合いだが、眼鏡をかけているのを見るのは初めてだった。

「昔はかけてたの。手術で視力が上がってからはかけてなかったけど、昨日良いことを思いついたから、知的な感じで」

「なるほど」

 良く分からないがそういうものなのだろうと洋介は納得する。駿からつっこみの甘さをよく指摘されているが、洋介は何でもすんなり受け入れる傾向があった。

「坂上君はメガネ嫌い?」

 何でそんな事を聞くのだろうかと、洋介は怪訝な顔をして文香を見つめる。清楚な見た目に反してかなり奔放な人らしく、ライトガン部でも男子だろうが女子だろうが打ち解けた相手にはしょっちゅうちょっかいを出している。おそらくその一貫だろう。

「別にどちらでもないです」

 気の利いた返答がしたいところだったが、あいにく洋介には駿ほどのコミュニケーションスキルは備わっていない。

「もういいよ」

 文香は不機嫌そうに唇を尖らせて、眼鏡を外してブレザーのポケットにしまいこみつつ、

「もっと面白い返事をした方がいい」

「僕の座右の銘は『切り抜けられればよし』です。会話もほどほどにということでここはひとつ」

「私は『狭き門より行け』です」

「あ、聖書の。格好いいですね。俺も見習わないとなぁ。何をだろう。うん」

 今日の会話のキャッチボールはイマイチだった。ここ最近の文香は変化球が多いため、取ってもすぐ投げ返すのが難しい。

「そう、模試はどうだった?」

 急な話題転換になんとかついていく。結果表を見せようと思って、やめた。志望大学には『勉強方を再考せよ』という言葉と共にE判定がずらずらと並んでいて、とても人に見せられるようなものではなかった。

「……イマイチですよ。学年百十五位」

 正直に告げた順位は何ともコメントしにくい値だった。普通科の生徒の二百八十人の中ではトップ十人に入るものの、進学や特別進学の生徒にはやはり敵わない。数学と英語はともかく国語が壊滅的なのだ。あんな抽象的な問題を正確に答えられる人間は少しおかしいのではないだろうかと洋介はいつも思っている。

「次は間のゼロが取れるよ」

「十五位ですか? そんなの生まれ変わっても無理ですよ。国語が無くなればあるいは……とは思いますけどね。文香さんはどうだったんですか」

「私? 十五位ぐらいに見える? そんなに頭良さそう?」

 正直言って良さそうには見えない、と心中で思う洋介であったが、文香は特別進学コースの生徒だ。事実上、上位二十人として入学してきているわけだから、二十位以上である可能性が高かった。

「じゃあ十位とか」

「はずれ。一位だよ私。ほら」

「冗談、一位って……マジですか!?」

 突きつけられた模試の結果表を、洋介はまじまじと見つめる。達成度を示すレーダーチャートのグラフは真っ青に染まっていた。国語、英語、数学の三科目全てにおいてほぼ満点に近い点数をとっている。洋介から見れば馬鹿げた点数としか言い様がない。全国ランキングも十六万人以上いる中で三十二位だ。入ろうと思えばどんな大学でも入れるだろう。

「天才か、努力家か、その……なんでしょうね、ええ」

 あやふやな言葉しかかけられなかった。

 豪邸といい、この模試の結果といい、嫉妬の対象にすらなり得ないぐらいに突き抜けている。

「で、約束だけど」

「え?」

 何の話だろうと思っている洋介の前で、文香は黒い笑みを浮かべていた。

「ふみちゃん」

「あー……」

 下校中にした口約束を思い出す。本当に一位を取れるとは思っていなかったが、条件が満たされた以上約束は守らなければならないだろう。それは分かっている――分かってはいるが、流石に「ふみちゃん」はどうだろうか。

「恥ずかしいなら敬語を止めるっていうのと引換でも良いよ」

 文香はわざとらしく口の端を少しだけ上げる。代替案の出の速さから考えるに、どうやら考えてきた「良いこと」とはこのことらしい。

 洋介は頭を掻いた。

 基本的に女子と喋るときは敬語、男子でも相手から要求されない限りは敬語を使って話してきたのだ。今更変更を求められてもなかなか難しいというのが本音である。

 しかし「ふみちゃん」と呼ぶよりはマシだろう。

「じゃあそれで頼みます……頼んだ」

「宜しい」

 文香は満足げに胸を張った。可愛らしい仕草に苦笑を浮かべつつ、洋介は時計に目を向ける。

「それじゃあ、練習行きますか」

「うん。レッツゴー」

 文香はそう言い残すと、その場でくるりと体を半回転させた。風を受けたスカートがはためいて、洋介もそのあたりに視線を向けてしまう。遅いよ、という文香の声を聞いてはっとなった洋介は、机の脇にかけてあったスポーツバッグをひったくるとその背中を追った。



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