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ライトニング・シューター  作者: 黒羽燦
一巻《鳳凰の息吹》
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chapter 9 回想

 歩みを止めて文香は振り返る。既に消えた少年の姿を求めるように、門の外に視線を走らせた。

「弱いな」 

 自分でも驚くほど冷たい声が出てしまった。いけない、と思って両手で頬をぱちぱちと叩く。

 社長令嬢。裏口入学。特進の亡霊。自分がどんな影口を叩かれているかは良く知っていた。クラスの中でも常に浮いていて、自分が一番縁の深いであろう幸鳳学園の中では――誰よりも余所者として存在していただろう。

 一週間も経たないうちに、もう辞めようとすら思い始めていた。高校なんていかなくても、自分なら家で勉強していれば大学に入れる自信もあった。同じ孤独なら、群衆の中で後ろ指を差されながらより、静かな家の中での方が何倍もマシだった。

 文香は足を玄関の方に向け、ゆっくりと庭を歩きながら回想にふける。

 

 そう、転機は入学からちょうど一週間経った日に訪れた。

「もう部活どこか入ってますか?」

 教室の端の席でいつものように小説を読んでいた文香に、見知らぬ少年から声がかかる。

 耳にかからない程度の黒髪。手は入れていないであろう眉毛は、同年代の若い子に比べれば太めだった。顔つきは精悍だがどこか幼さを感じさせ、薄く日焼けした肌が印象的だった。

「入ってないけど……」

「ライトガン部、なんですけど、どうですか?」

 特進に部活の勧誘に来る生徒なんてたった一人もいなかった。一組の生徒には部活には入らないという暗黙の了解があったため、部活の時間には自由参加と言う名目ではあったが予備校教師や現役大学生を招いて行う授業が入っている。

 今この瞬間も、休み時間であるにも関わらず、クラスメイトたちはこの少年に気づいていないかのようにノートにガリガリとペンを走らせていた。

「ライトガンってなに?」

 白々しい質問だと思いつつも、目の前の少年にその言葉を投げかけた。幸鳳学園にライトガンを導入したのは自分の父親だったため、文香にもそれなりの知識は備わっている。爆発的に人気が拡大していて、ここ数年で急激に有名になったスポーツ、それがライトガンだ。アメリカでは大企業がスポンサーになり始め、大金が動く一大ビジネスになっていた。このままいけばビジネス面・競技人口ともに最大レベルのスポーツに発展するだろうと言われてはいるものの、幾つか問題も抱えていた。筆頭格は戦争を想起させる、というところだろう。いちはやく公式の部活として取り入れた幸鳳が非難の嵐に晒されることになったのは言うまでもない。

 にも関わらず、ライトガンについて語る父親の表情は明るかった。口にこそしなかったが、どう考えても学校の宣伝とビジネスチャンスの事しか考えていなかったのだろう。

 しかし、目の前の少年は、文香の知識には無い「ライトガン」について語っている。

「危なそうに見えるけど、実際は弾が出なくて、バーチャル空間の弾がでるんですよ。こう、カメラで位置情報を追跡して――」

 ライトガンと言う模擬銃の撃ち合いが本当に好きなのだろう。説明する表情は嫉妬したくなるほど生き生きとしていた。

 文香はビジネス的な側面の「ライトガン」しか知らない自分が悲しくなっていた。

「事務職みたいなのとかもあるの?」

 あります、と力強く断言してから、洋介は語り始めた。早口で噛みながら、息を切らせて。何が面白いのか笑顔だった。

 セールスマンとしては失格だろう。饒舌で冗長な話しぶりからは、計算高さが全く感じられない。だが、言葉ひとつ一つに、ライトガンへの愛情と熱意があることを伺わせていた。

「考えておくから、入部届けを下さい」

 文香がそう伝えると少年は握手を求めてきた。まだ入部すると言ったわけでもないのに、楽しそうに笑みかける。

 躊躇いを一瞬で吹き飛ばしたのは、反則とも言うべき笑顔だった。今でも昨日のことのようにそれを思い出すことが出来る。

 ほとんどその少年だけを頼りに入部したライトガン部に不安があったものの、それは初日で吹き飛んだ。

 奇人変人の巣窟、という洋介の紹介は的を射ていた。プロレスラーのようなマッチョもいれば、進学クラスなのに不良さながらの格好でサンマを焼いている訳の分からない生徒までいた。部長は80年代アイドルのような顔をしたいつも敬語の変人で、二年の女子生徒はバレーボール部並に背が高く、拡声器と張り合える程の大声でフィールドを走り回っていた。

 男子ばかりと思っていたが、そんなこともなかった。一撃で勝負が付くと言う性質上、テクニックを磨けば女子生徒も男子生徒と張り合うことが出来る。

 見ているうちに参加したくなった文香であったが、流石に自分では役に立たないだろうと思い参加は控えていた。まだ競技人口も少なく、「幼い頃からやっていた」というプレイヤーもいないため、初心者に優しい競技であることは間違いなかったが、十五年間スポーツなど経験もしたことない少女が急に参加できるほど甘くはなかった。

 フィールドの外での雑務はかなり楽しいものだった。洗濯や掃除をやる仕事だと言うふうに認識していたが、誰ひとりとしてそういうものを任せることは無かった。疑問に思って進言した文香に、泰久は当然のように「その仕事はマネージャーに余りにも失礼」と断言し、秋菜には「そんな事言う奴がいたら殴ってやる」と気合いの入った言葉を貰った。洋介は当然のように「自分の事は自分でやるべき」といっていた。

 とりあえず目に付く事務として、会計、スケジュール、スコアの管理、ホームページの更新などを担当した。部員たちは鮮やかな手際に感激し、いつも文香に感謝の言葉を述べていた。

 不調の無線機を解体修理した時には大いに驚かれ、また、射撃のスコアが家のパソコンでも見られるように、学校のサーバーにデータを保存していつでもアクセスできるようなシステムも組んだ。

 十五年間生きてきた中で一番充実している。その実感は入部初日から今日まで一貫していた。

 それでもまだ、文香は何かが足りない気がしてならなかった。それが何かは文香自信にも見当がついていない。

 強い北風に薙がれて、自分が玄関の目の前で立ち止まっていたことに気がついた。たいした距離があるわけでもないのに、随分とたくさんのことを回想していた気がする。

「洋介君」

 口に出してみて文香は疑問に思った。何故かは分からないが、自分はどうも彼に絡んでいる。

 いつもぼーっとしていて、パッとしない男子だったが、銃を持った洋介は格好いいと思っていた。クールそうに見えてライトガンの話しになると熱っぽく語るあたり、ちょっとオタクっぽいところもある。

 なにより、優しかった。文香は異質な自分に気を使ってるのだと思ったが、どうもそれは違うようで、洋介の場合は相手が誰であれそれを気遣って手を伸ばしていた。駿が「全方位お手伝いロボット」と称していたが、一理あるかもしれない、と文香は思う。

 誰よりも早く競技場に来て、誰よりも遅く競技場から去る。準備から後片付けまでの全てをこなしたこともある。賛辞の言葉を述べた文香にも、「俺は暇ですから」と言うだけで、自分の業績を誇るようなことはなかった。

 文香は何とはなしに自分の胸に手を当ててみる。亡霊や蝋人形にはない、力強い鼓動が確かに伝わってきた。

「頑張らなきゃ」

 そうつぶやいて玄関扉の鍵穴に鍵を差し込んだ瞬間、文香の動きが止まる。

 まるで時間そのものが停止してしまったかのようにぴたりと動きを止めていたが、すぐに動き始める。

「ただいま」

 扉をくぐるその瞳には、決意の色が浮かんでいた。

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