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第97話: 暴かれる真実――リリーの告白と王家の悲劇

王の間は異様な静けさに包まれていた。

高い天井に吊られた燭台の火が揺れ、壁に映し出される影が生き物のように蠢く。

玉座の前では、国王サイラスの姿をした男が立ち、その足元には意識を失いかけたニースが崩れ落ちていた。

校長セリウスは必死に身を起こし、黒い炎に縛られた身体をもがくように動かす。


「やめろ、サイラス!!一体、何をしようとしている!!」


その声は怒りに震え、しかし同時に深い恐怖を含んでいた。

国王の口元が、ゆっくりと吊り上がる。


「ようやく……この時が来た」


低く響く声。

そこには王の威厳ではなく、冷酷な嗤いがあった。

校長は目を細める。


「お前は……誰だ?いつからだ……いつから、その身体を……!」


問いかけに、サイラスの顔が不気味に歪む。

口だけではなく、目からも黒い液体のような闇が溢れ出す。


「気づいたか。……ようやく、この加齢臭たっぷりの汚い器とおさらばできるわけだ。盛大に祝おうじゃないか」


ぐきり。


常人ではあり得ない角度に首がねじれ、その影から「何か」が這い出てくる。

長い、長い黒髪。

床にまで垂れ下がる闇の糸のような髪が広がり、王の身体から抜け出したのは、一人の少女の姿だった。

肌は死人のように白く、瞳は血のように深紅。

唇は氷よりも冷たく、黒い衣の裾が闇そのものに溶け込む。

アンジーの金髪と琥珀の瞳が陽光なら、この少女は対極。

光を拒み、世界を腐らせる「夜」そのものだった。

校長は息を呑む。


「……まさか……お前は……」


少女は不気味に微笑む。


「あたしはリリー。地に堕とされたダークエルフ。……お前らにとっては、おとぎ話でしかない存在だろうな」


その名が落ちた瞬間、空気が凍りついた。

リリーは軽やかに玉座へ腰を下ろし、足を組む。


「またの名をリリエラ・ノクティス。墨黒一族の神と崇められた存在……。哀れな幽鬼みたいなもんさ」

校長の胸がざわつく。アンジーが追い続けてきた『敵』が、ついに正体を現したのだ。


リリーは愉快そうに笑う。


「いいだろう、少し話してやるよ。どうせ、アンジーがこいつに魂を葬るまでは時間がある。暇つぶしだ」



「……アンジーは、あたしを封印するためにやってきた使者のエルフだ」


リリーの声はよく響いた。


「エルフは長い間、あたしを封印してきた。あたしが悪いやつ、だから、らしい。だが、それは連中の建前だよ。実際は、自分たちの愚行を隠すための隠蔽工作だった」


校長は眉をひそめる。


「隠蔽……?」


「そうさ」


リリーは遠くを見るように語り出した。

かつて、エルフは森と共に地上で暮らしていた。

透き通る川、実り豊かな果実、魔法で守られた楽園のような里。

しかし、ある日、欲にまみれた人間が踏み込んできた。

神に近しい存在を羨み、支配しようとしたのだ。


「……だが、エルフは殺生を嫌った。代わりに選ばれたのが……あたし」


リリーは胸を指す。


「純粋無垢で、言われた通りに動く従順なエルフの子供。あたしは美しく聡明だった。一族の中であたし以上に強いやつはいないだろう。そんなあたしは……あたしは大人たちの言葉に従い、人間を殺した。たくさん、たくさんな」


その声には誇らしさも後悔もなく、ただ乾いた響きだけが残った。


「やがて人間はエルフを恐れ、崇めるようになった。だが、戻ってきた英雄に対してのエルフたちの対応はひどかった…。―――『不浄の者め、近寄るな』と」


その言葉を思い出した瞬間、リリーの瞳が怒りに染まる。


「問答無用で捕らえられ、封印された。まるで臭いものに蓋をするみたいにな」


リリーの笑い声が、王の間に不気味に反響する。


「封印されている間、あたしは憎しみだけで生きていた。日に日に弱まる封印。強まるあたしの憎しみ。ちょっと人間たちを唆すには十分すぎる時間があった。だから、人間どもを操った。力を欲する者に啓示を与え、髪を一本やればノワールになった。そうして“墨黒一族”は生まれたのさ」


滑稽だった、とリリーは当時を懐かしんだ。

リリーが何か一つすれば、連中は騒ぎ立て、崇められた。


「…あの一族はお前が…」


「そう。全部、あたしが作った。あの宗教も、魔物もな」


リリーは愉快そうに肩を揺らす。


「封印が解けたのはつい最近。そこへアンジーがのこのことやって来た。純粋無垢で、昔のあたしそっくりのお嬢様だった。だが――アンジーの未熟な力じゃあ、あたしを封印しきれなかった。失敗?成功?あんたはどう思う?」


「…アンジーに打ち勝った代償として、お前はは身体を失ったということか…」


「まあ、そういうことだ」


リリーは立ち上がり、床に倒れるニースを指差す。


「そして途方もなく彷徨ったあげく…あたしの次の身体にするにちょうどいいのが、こいつだ」


最初は墨黒一族の中から適当な人間を呪い殺し、手に入れた身体に入ったが、魔力が弱くすぐに崩れ散った。

次に入った体も長くは持たなかった。

やはり高度な魔力を操れるエルフに近い身体が欲しいとリリーは考えた。


「エルフの里を人間どもが襲った時、数人の女どもは愚かな人間との間に子を成した。生まれてすぐに地上に落とされたせいか、多くの子供は長くは生きられなかった。だがーーー運良く生き残ったエルフと人間のハーフがいた。それがこいつの母親の祖先だ…」


「セラフィナが…?!」


校長が目を見開く。

セラフィナ・グランツァ…。

ニースの母であり、ノワールの襲われ命を落としたーーー王族の悲劇…犠牲者だ。


「もしや…ノワールを操り、セラフィナを殺したのはお前だったのか!」


リリーはにやりと不敵な笑みを浮かべる。


「ああ、そうだよ」


リリーはゆっくりとニースの傍に膝をつく。白い指が、炎色の髪を愛おしげに撫でる。


「あたしは女だからな。本当は母親の身体が良かったんだが……この愚かな国の王があたしの存在に気づいて、焼き払いやがった」


声が低く、怒りを含む。


「仕方なく王の身体を使った。居心地は悪いが魔力量はまあまあ。残ったガキに全てを託すことにしたよ。なにせ、当時、このガキはまだ小さすぎてあたしが入ったところですぐに器が壊れちまう…。……でもそれももう終わりだ」


リリーの視線が炎の瞳を閉じた少年に注がれる。


「大切に育ててきたんだ。ノワールを入れ、魔力を強め、あたしの器にふさわしい存在に……」


彼女の声が甘やかに変わる。


「ようやく、時が来た。逃げなければもう少し早く完璧な身体が手に入ったが…先延ばしした分、極上になって帰ってきた。…あたしが、この身体を手に入れる」


校長は必死に叫んだ。


「やめろ!! ニースは……その子はお前のものじゃない!!」


だがリリーは耳を貸さない。


「いいじゃないか。これでアンジーも殺せる。エルフも人間も、全部あたしに踏み潰される。……世界は、ようやくあたしのものになるんだよ」


その笑い声は、王の間の石壁を震わせ、天井の燭台の炎さえも掻き消しそうなほどだった。

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