第92話: 補助魔法でクラス課題が次々解決
水専攻クラスの大教室。
中央に集められた生徒たちは、ざわざわと落ち着きを失っていた。
「なんであんな子が真ん中に立ってるの?」
「風専攻の子でしょ?なんでここに……」
ひそひそ声が交錯する中、指揮を執るのはシュネだった。
「お前ら、言われたとおりにニースを囲め」
氷の瞳で一瞥すると、生徒たちは慌てて位置につく。
アンジーはその輪から少し離れた位置に立ち、心臓が小さく跳ねるのを感じていた。
教室の中央に立つニースは、表情を欠いたまま深く息を吸い込む。
吐き出す息には、諦念に似た影が漂っていた。
「行くよ」
ただ一言。
それが合図だった。
次の瞬間、床板の隙間から水がぶくぶくと湧き上がり、波紋のように広がる。
「な、なんだこれ!」
「水脈の魔法……?いや違う!」
生徒たちが慌てふためく中、ニースは淡々と告げる。
「魔力翻訳を通して、君たち全員の魔力を補正した。これで不安定になることはない。足りない分は僕が補う」
あまりに説明が端的すぎて、生徒たちは顔を見合わせた。
理解できずに戸惑う彼らに、シュネが短く言い放つ。
「黙ってやってみろ」
恐る恐る生徒たちは目を閉じ、魔力を流す。
「え……なにこれ!」
「すごい!勝手に形が整う!」
歓声が上がる。
いつもなら迷路を完成させるのに十分はかかる作業が、わずか三十秒。
しかも、手を放しても構造は崩れない。
「効果範囲はこの教室だけ。僕が死なない限り、効果は持続する」
ニースの言葉に、アンジーは思わず声を上げた。
「それって……とても大きな魔力消費になるのではありませんか?」
琥珀色の瞳で心配そうに見つめるアンジーに、ニースは炎の瞳をわずかに瞬かせる。
「こんなの消費のうちに入らない」
周囲がざわりと揺れる。人ならざる冷静さに、生徒たちは息を呑んだ。
「僕、変なこと言った?」
「気にするな」
シュネが代わりに答える。
「凡人がお前に追いつけないだけだ」
それで納得したように、ニースは小さく頷いた。
「それならいい。じゃあ次はライカの番だね」
三人は雷専攻クラスの教室へと向かった。
* * *
教室に足を踏み入れると、むせ返るような香水の匂いが漂った。
レイナが練習の手を止め、ぱっと駆け寄ってくる。
「シュネ様ぁ! お久しぶりですわぁ!」
とろんとした瞳で見上げ、距離を詰める。
シュネは眉をひそめ、冷たく言い放った。
「どけ。近い」
氷のような声音に、アンジーは内心ひやりとした。
レイナはしぶしぶ下がり、三人は中央へと進む。
そこに待っていたライカは、黒い瞳を細める。
「はぁ?なんだよ急に」
「ライカ。このクラスの課題はなんだ?」
シュネが問う。
「課題?あー、あの話か……っつっても、高望みしすぎてさ。今ちょうど内容変えるかって話してたとこだ。だから課題なんてもんはなくてよ」
肩をすくめるライカに、ニースが割って入った。
「僕が解決してあげる。それが一番効率的でしょ」
「お前、マジかよ」
「大真面目だ。君が自由になるなら、それでいい」
「……出血大サービスだな」
ライカが思わず笑みを浮かべる。
「お前ら、整列しろ!」
彼女の号令で生徒たちは一斉に直立する。
軍隊のような統率にアンジーは目を丸くした。
「うちの問題はな、給仕をしながら魔法をやらなきゃいけないってとこだ。体と思考が噛み合わねぇ。どっちか優先するとどっちか落ちる」
内容はこうだ。
ティーポットとカップを載せたトレイを持ち、回転しながら魔力を操る。最後に指を鳴らし、紅茶に雷の火花で小さな動物を作る。
失敗すればカップが割れ、火花が暴発する。
「ふーん。じゃあ……自動化の符」
教室全体が一瞬、光に包まれた。
「やってみて」
ニースが促すと、ライカは迷わずレイナを指さした。
「おい、レイナ。一番給仕がへったくそなお前がやれ」
「はぁ!?なんで私が!」
「文句言ってねぇで早くやれ」
「どうなっても知らないわよ!」
渋々、レイナはトレイにカップを載せ、紅茶を注ぐ。
ぐるりと一回転し、指を鳴らす。
「えっ……体が勝手に動く!?」
紅茶の中に雷で形作られた馬が走り回り、やがて泡のように消えた。
「レイナが……成功した!?」
生徒たちが一斉にざわめく。
彼女が成功すたなら…と、次々と挑戦する声が上がり、誰もが成功を収めていく。
「どういう仕組みだ?」
ライカが問う。
「単純な動作は魔法陣に記憶させて自動化した。意思を持った瞬間に動作が発動し、止めようと思えば止まる」
無機質な声で答えるニースに、ライカは黒い瞳を輝かせた。
「いーじゃん、それ。助かったわ」
かくして雷専攻クラスの課題は、あっさりと解決したのだった。




