第86話: 暴かれる真名
校長セリウスの仕事場は、まるで小さな図書館のようだった。
天井まで届く高い本棚には、色とりどりの分厚い本が整然と並び、その光景は一種の絵画のように荘厳で美しい。
差し込む日光が本の背表紙を照らし、光沢のある床に反射していた。
歩けば「カツン」と硬質な音が鳴り、静謐な空間にやけに響く。
シュネやライカは物怖じすることもなく、堂々と歩いていた。
その背を追うアンジーは、琥珀色の瞳をおそるおそる動かしながら、きょろきょろと視線を彷徨わせている。
「本日はお忙しいところ……お時間をいただきありがとうございます」
クラリスが先に頭を下げた。
栗毛の髪がさらりと揺れる。
はっと気づいたアンジーも、慌てて真似をするようにぺこりと頭を下げた。
「おいおい。なんでお前まで頭下げてんだよ」
ライカが呆れたように笑った。
「えっ……でも……」
慌てるアンジーに、ライカは腕を組んで言い放つ。
「あたしたちはニースの事情を聞きに来たんだぜ? 下げる頭があるなら、あいつが下げりゃいいだけだろ」
「そ、そうなのでしょうか……」
アンジーは頬を赤くして小さく答え、顔を上げた。
クラリスも同じように頭を上げ、姿勢を正す。
「今日は折り入ってご相談があります。ここにいるニース……そして、アンジーさんの外出許可を得たくて参りました」
校長セリウスは穏やかに目を細めた。
「そんなに畏まらなくていい。私は一介の校長にすぎんのだよ」
「ありがとうございます」
クラリスは少し肩の力を抜いた。
校長セリウスは机に肘をつきながら問いかける。
「学園祭の準備がある最中に、外出許可とは……それほど深い事情があるのだろう。説明をしてもらえるか、ニース。もちろん、君の口からだ」
「別に構わない。そのために来た」
窓際に立っていたニースが、炎のような髪を揺らしながら答える。
感情のない声で、それでいて重みを持っていた。
「でも、外出許可は僕とアンジーだけじゃない。クラリス、シュネ、ライカ――みんな一緒じゃないとダメだ」
「は? なんであたしらまで?」
「アンジーのサポートが必要なんだ。僕には僕でやることがある。だから、あの場所には君たちだけで行ってほしい」
「……話が見えない」
シュネが冷ややかに睨む。
「そういうわけだから、許可をして」
ニースは淡々とした声音で、まるで命令のように告げた。
「ちょっと! 失礼よ、ニース!」
クラリスが声を荒げ、注意する。
だが、校長セリウスは穏やかな笑みを崩さずに言った。
「いやいや。私への毅然な態度は正しい。私のような下級民にできることは叶えよう。許可は出しましょう」
「……え?」
アンジー、シュネ、ライカの三人は同時に声を漏らし、ニースを振り返った。
ニースは瞬き一つせず、無機質な声で返す。
「校長先生のくせにこの学校の規則を忘れたの?ーーー“全員平等”。どんな出生でも、誰もが同じ立場だ」
その言葉に、校長セリウスは目を細め、くつくつと笑った。
「ははっ……これは一本取られたな」
「校長先生……まさか、ニースのことをご存じだったのですか?」
クラリスが探るように問いかける。
校長セリウスは机に両手を組み、ゆっくりと頷いた。
「彼が小さい頃から知っているとも。私はサイラスの友人なのだから」
その名に、場の空気がぴんと張り詰める。
「サイラス……?」
ライカが首を傾げ、すぐにシュネを見た。
「国王の名だ。サイラス・グランツァ」
シュネの声は冷ややかで、それでいて驚きを隠せなかった。
校長セリウスはさらに続ける。
「私のことは、覚えているかね?ニース…いや、ニコラス・グランツァ」
室内の視線が一斉にニースに注がれる。
ニースはほんの一瞬だけ瞼を伏せ、炎の瞳を隠した。
そして、深く、諦めたようにため息をつく。
「……そうだよ。それは僕の名前だ。僕の本当の名は――ニコラス・グランツァ。サイラス王の唯一の息子だ」
室内の空気が一瞬で凍りついた。
ライカは「はぁ!?」と声を荒げる。
アンジーは目を丸くし、シュネはただ氷のような眼差しでニースを見つめた。
そのざわめきの中で、ニースは真っ直ぐに校長を見据えた。
すいません、ZAで多忙です




