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第79話: 絶望を越えて、進むべき道へ

医務室の空気は重く、沈黙ばかりが満ちていた。

窓から差し込む光はあるのに、その部屋だけは色を失ったように感じられる。

アンジーは椅子に腰を下ろしたまま、動けずにいた。

ベッドの上では、シュネが静かに眠り続けている。琥珀の瞳は閉ざされ、口元も微動だにしない。


「……冗談だと、笑ってくださいませんか」


掠れた声がアンジーの喉から漏れる。

優しく語りかけてくれた声も、時折見せる不器用な笑顔も、目の前にはなかった。

ただ、ひどく冷たい沈黙だけがある。

待てども、シュネは目を覚まさない。

その現実が、アンジーの胸を容赦なく締めつけた。

気づけば、涙で頬は濡れていた。

けれど拭う気力さえ湧かない。

まるで自分の中の時間が止まってしまったかのようだった。


そんな時、ふっと空間が揺らぎ、淡い光が走る。

移動魔法だ。

現れたのは、炎のような髪と瞳を持つ少年――ニースだった。

彼の手には、小さな茶色の袋がぶら下がっている。


「……食べないのは、よくないよ」


感情のない声でそう言い、袋からパンを一つ取り出す。

アンジーの前に差し出すが、彼女は首を横に振った。

赤く腫れた瞳は力を失い、視線は宙をさまよったまま。

ニースは何も言わず、パンを袋へ戻すと、隣のベッドへ目を向けた。

そこにはクラリスも横たわっている。

今にも目を開きそうな穏やかな表情だが、触れる肌は冷たく、人形のように動かない。


「……僕は、クラリスの甥っ子じゃないんだ」


唐突に告げられた言葉に、アンジーは思わず顔をあげた。


「え……?」


掠れた声が漏れる。

ニースは無表情のままクラリスの頬に手を添え、淡々と語り出した。


「クラリスは、僕の恩人。……僕を助けてくれた人なんだ」


「恩人……?」


「僕には人の感情はわからない。でも、これが“辛い”ってことくらいは理解できる…」


その言葉はどこか謎めいていた。

だが、確かな芯があった。

アンジーは口を開けずにいられない。


「ニースさんは……」


「僕は巨悪に立ち向かうつもりだ。そのためには、君の力が必要なんだ、アンジー」


無機質な声。

それなのに、不思議と嘘は感じられなかった。

人並み外れた知識と力を持ちながら、一人では完遂できないと告げている。


「でも……私には……」


弱々しい涙が溢れる。

自分には背負いきれないのではないか。

そんな迷いが胸を掻き立てる。


「それこそ、敵の思う壺だよ」


ニースは静かに近づく。


「君が立ち上がる気力を失えば、誰も止められなくなる。……君は僕を立ち上がらせてくれた。僕の知ってるアンジーは、絶対に諦めない人だ」


淡々とした口調の奥に、確かな意思が宿っていた。


――諦めない。


その響きに、アンジーの中で何かが燃え上がった。

アンジーの脳裏に、数々の記憶がよみがえる。

レイナに嫌味を言われても、次こそはと前を向いた日々。

魔法が思うように使えなかった時も、校長や仲間に励まされて立ち上がったこと。

ライカを思う気持ち。

そして――シュネへの想い。


「そうですよね…私がしっかりしないと、シュネさんも怒ってしまいます」


それら全てが胸を突き動かす。

どれも自分にとって、大切で、大切で……絶対に捨てられないもの。

胸の奥で何かが燃え上がる。


「……必ず……必ず私が取り戻します」


涙を滲ませながらも、アンジーは強く言い切った。

恐怖も迷いも呑み込んで、ただ一つ――二人を救うために。


「こんなことで落ち込むなんて……アンジーらしくありません!」


声は震えていない。

今度こそ本物の決意だった。

アンジーは涙を拭った手をぐっと握りしめ、笑顔を取り戻す。


「ニースさん! お腹が空きました!」


その声に、ニースの炎色の瞳が一瞬だけ揺れたように見えた。


「……じゃあ、食堂に行こうか。戦の前の腹ごしらえだ」


無表情のまま言い、アンジーの手を取る。

光が走り、二人の姿は医務室から消えた。


* * *


食堂には誰の姿もなかった。

最近ではそれが普通になりつつあり、何も思わなくなってきていた。

だが、そんな中…一つのテーブルだけ光が灯る。

アンジーは机に並べられた食事を次々と口に運んだ。

今まで食べていなかった分を取り戻すかのように、勢いよく。

パン、スープ、肉料理。

その一つ一つが、生きるための糧となって体に染みわたる。

無心に食べ続けるアンジーを、ニースはじっと見ていた。

こんなに食べる姿を見るのは初めてだった。

無限の胃袋でもあるののか、湯水のように湧き出る食欲がアンジーをかきたてる。

やがて皿は空になり、最後の水を飲み干したアンジーは、勢いよく机にコップを置いた。


「ごちそうさまでした!」


その声に、わずかに生気が戻っていた。


「満足した?」


「はい! お腹いっぱいです!」


力強く頷くアンジーは腕まくりをし、元気を取り戻したことを示す。


「そう……じゃあ、そろそろ行こうか」


ニースは椅子を押して立ち上がった。


「どこにですか?」


首を傾げるアンジーに、ニースは炎の瞳を真っ直ぐ向ける。


「決まってるじゃん――敵の本拠地だよ」


その一言が、静まり返った食堂に冷たく響いた


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