第76話: 光の使命
騒動を聞きつけたライカは、迷うことなく教室へ駆けた。
新たな犠牲者が出ているかもしれない。
一族が生み出した魔の化け物を葬り去らねばならない。
これは、自分が背負うべき責任だ。
辿り着いた教室は、地獄のような惨状だった。
床に倒れた生徒たちが、まるで深い眠りに落ちたかのように動かない。
「エマさん……!レオさん……!!」
ちょうど担架で運ばれていく二人の姿があった。
「アンジー!これは一体……!」
駆け寄るライカの前に、救護班が割って入る。
「安全確保のため、近づかないでください」
制止されたアンジーは顔を青ざめさせ、足取りもおぼつかない。
ライカはそっと肩を支えた。
その時、まだ意識のある生徒たちがライカを見つけて声を荒げる。
「墨黒……!お前がいたから、こんなことに!」
「気味が悪いんだよ!消えろ!!」
憎悪に満ちた眼差しが、ライカに突き刺さる。
「そんなこと……言わないでください! ライカさんは――!」
ふらつきながらも、アンジーは声を張った。
「やめろ、アンジー。事実だ」
ライカが低く制した瞬間――
「……私は、ライカさんの味方です」
アンジーは最後の気力を振り絞って呟き、そのまま意識を失った。
「アンジー!」
ライカは倒れかけた彼女を抱き寄せる。
教室の空気が凍りついたかのような沈黙のあと――背後から、ひときわ静かな声が響いた。
「ライカさん、でいいかしら? ――アンジーさんのこと、少しお話しさせてくれない?」
振り返ると、シルヴィアが立っていた。
* * *
アンジーは医務室で目を覚ました。
視界に映ったのは、未だ眠り続けるエマとレオの姿。胸が締めつけられる。
「アンジーさん、起きたのね。無事で良かったわ」
クラリスが優しく微笑みかける。
「先生……」
涙が頬を伝う。安堵と不安が入り混じった涙だった。
クラリスは背をさすり、泣き止むまでそばにいてくれた。
やがて涙が落ち着く頃、二人は静かに立ち上がり、医務室をあとにした。
学園全体には重苦しい緊張が漂っていた。
授業は自習ばかりとなり、教師たちはようやく校長の早期の帰還を要請したが――被害は既に拡大しすぎていた。
廊下を歩きながら、アンジーは窓越しに花畑を見つめる。
校長と共に世話をしてきた花たち。
だが今は、どこか影を落としているように見える。
「……花たちにも、不安が伝わっているのかもしれません」
世界そのものが灰色に染まったようで、胸が重くなる。
「大丈夫。校長先生が戻れば、きっと皆を元通りにしてくれるわ」
そして、ふとアンジーを見つめる。
「それより……あなたに聞きたいことがあるの。シルヴィア先生から聞いたわ。――ノワールを倒したのね?」
「……あ」
あの時、守りたい一心で発動した黄金の光を思い出す。
「あなたの…光魔法、なのよね?」
「はい……。でも、私は以前の記憶がなくて、魔力操作も不安定なんです。どうやって発動できたのか、自分でも……」
その時、背後から声がかかった。
「アンジー、クラリス先生!」
振り向くとシュネとニースが立っていた。
「シュネさん、ニースさん……」
二人の姿にアンジーは少し安堵する。
「あの魔物ーーーノワールは一体だけじゃないですよね、きっと」
晩餐会の日…襲ってきた数体のノワールを思い出す。
「きっとまだいるはずです。だから、もう一回で会えたら…その時……分かる気がするんです」
「分かるって?」
クラリスは眉を寄せる。
「発動条件です。それさえ思い出せれば、きっと皆さんの役に立てると思うんです!」
ニースの目が見開かれ、興奮しながらアンジーに詰め寄る。
「アンジーはノワールを倒せるの?どうやって?どうしたらー…じゃあ」
「ニース、ストップ。今は違うわよ」
ニースとアンジーに入り、ニースを制する。
シュネは低く問いかけた。
「アンジー、その時……何を思った?」
「え……」
「魔力は気持ちに呼応する。お前が何を思ったか――それが発動条件だ」
「私は……守ろうと……シュネさんを……」
アンジーは顔を赤らめながら答える。
するとニースが一歩前に出た。
「じゃあ――強制的に思い出してもらおうか」
瞬間、地面に魔法陣が浮かび上がり、漆黒のノワールが姿を現す。
「っ……!?」
「なぜここに……まさかお前が……!」
シュネはニースを睨みつける。
「だとしたら……どうする?」
冷静に告げるニースの横で、ノワールが大口を開け襲いかかる。
「シュネさん……!」
アンジーは咄嗟に手を広げる。
――守らなきゃ、私が。
その瞬間、黄金の光が空間を裂いた。
音もなく広がるその輝きは、波のように空間を満たし、あらゆる影を穏やかに呑み込んでいく。
世界は静寂と光に支配され、ただその美しさだけが残った。
「……発動、できた」
反動に足がふらつく。
「アンジー!」
だが、ノワールは光に焼かれてもなお、消えることはなかった。
灰のように揺らめく影が形を取り戻し、静かに――アンジーを貫く。
その瞬間、胸の奥に冷たい刃が差し込んだような感覚が走った。
「心配しないで」
ニースが淡々と告げる。
「これは残像。攻撃意思も魂を食う力もない」
「…え??」
アンジーはしばらく動けなかった。
自分の身になんの異変も起きていないことを確かめ、ようやく――息ができていると気づく。
肩の力が抜け、震える指先がかすかに温もりを取り戻した。
その手を、そっとニースが握る。
次の瞬間、ノワールの影は音もなく掻き消え、まるで朝靄のように空気へと溶けていった。
「焦った?」
ニースが小さく笑う。
シュネは不快そうに眉を寄せながら、アンジーをニースからはぎ取る。
「……紛らわしい」
「でも、おかげで分かったでしょ?」
ニースは鋭く言う。
「アンジーの魔力は“守る”という想いに応じる。だけど、この感じだと…一度の発動で倒れちゃうね」
シュネも静かに頷いた。
「鍛錬が必要だな。いつでも発動できなければ……守りたいものすら守れない」
アンジーは震える手をぎゅっと握りしめる。
「……はい。必ず」
その瞳には、迷いを超えた確かな光が宿っていた。




