第70話: 新しい仲間と、波乱の昼食
杖探しの授業が始まっていた。
金色の髪を揺らしながら、アンジーは琥珀色の瞳で周囲をきょろきょろと見渡した。
杖は「持ち主を選ぶ」と言われる。
シルヴィアの話によれば、それぞれの魔力に共鳴する枝があるそうだ。
ピンク色の桜の花びらを踏みながら、アンジーは枝を見極めようとする。
――そのとき。
「ねえ、あんたって……この前の魔獣大会に出てたアンジーよね?」
アンジーはぴくっと肩を揺らした。
振り返ると、さっき自分に話しかけてきた少女ーエマがいた。
少し鋭い目つきに、アンジーは一瞬ひるんでしまう。
「は、はい……わ、私です」
声が自然と小さくなる。少し威圧感を感じてしまったのだ。
ところが――。
「やっぱり!すごいわ、あんた!」
少女の目がぱあっと輝いた。
さっきまでの鋭さは消え、尊敬の眼差しに変わっていた。
「一年生なのに、あの大会で三年生と互角に戦ったでしょ?ちゃんと見てたんだから。忘れられない試合だったわ!」
アンジーは思わず目を丸くし、それからにっこりと笑った。
「ありがとうございます……。そ、そんなふうに言っていただけるなんて……」
彼女はどこかレイナを思わせる雰囲気があったが、嫌味はまるでなく、むしろ真っ直ぐで気持ちが良い。
「……あたし、エマっていうの。元はBクラスだったけど、あんたみたいに強くなりたいの。だから、色々教えて欲しいの!いい?」
胸を張ってそう言うエマに、アンジーも自然と笑顔になった。
「ええ、私で良ければ、いつでも。よろしくお願い致します、エマさん」
「こちらこそ!よろしくね、アンジー」
その瞬間、アンジーの指先にぴくりと反応が走った。
「あ……ここ……」
足元に置かれていた一本の杖が、光を帯びて揺れたのだ。
「見つけたの!?先生呼んでくる!」
エマは自分の探し物そっちのけで駆け出した。その背中にアンジーは胸を温かくした。
(……本当に、お優しい方……)
やがてシルヴィア先生が現れ、杖の前で柔らかく呪文を唱える。
「春風の息吹よ、目覚めの時を告げなさい」
すると、杖がふわりと浮かび上がり、アンジーの手の中へと収まった。
「……!」
それは深みのある茶色の杖だった。
表面には自然にできたような木目の模様が走り、陽の光を浴びると細かい粒子がきらめく。
握るとほんのりと木の香りが漂い、まるで森そのものを手にしたかのようだった。
アンジーは感慨深くその杖を見つめ、胸がじんと熱くなる。
「アンジーさんにぴったりね」
シルヴィアが微笑み、次の生徒のもとへと歩いていった。
エマも「良かったね!」と笑って、それから自分の杖探しに戻っていった。
こうして、全員が無事に杖を手に入れ、シルヴィアは柔らかい声で告げた。
「今日の授業はここまで。また明日から、一緒に頑張りましょうね。午後は1年生の頃のクラスに戻って、各クラスの担任の先生から座学を受けてください」
* * *
授業が終わると、エマが真っ先にアンジーの元へ走ってきた。
「ねえ、アンジー。一緒にお昼食べない?」
「えっと……あの……。私、シュネさんとライカさんと約束をしていて……」
少し申し訳なさそうに答えるアンジーに、エマは笑って首を振った。
「いいよ!気にしない!あたしも一緒に行く!いい?」
「ええ。大丈夫ですよ。きっとお二人もエマさんのことを歓迎すると思います」
「本当?よかったー」
エマは少しほっとした後、ちらっとアンジーを見つめる。
「正直なところ…あたしさ、Bクラスに馴染めなくって。まあ、午後もまた連中と一緒の授業なんだけど。だから、風専攻クラスでは仲良い友達作れたらいいなって思ってたの。ほら、あたしってこんな性格でしょ?友達ができないんだよねー」
「そうなんですか?」
「だからさー。もしよかったら、アンジーと友達になりたい!」
真正面から友達になりたいと言われたのは初めてだった。
だから、アンジーはうれしくなって、瞳を輝かせながら、
「もちろんです!」
と、エマに答えた。
エマも嬉しそうに笑い返す。
「お、アンジー」
聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきた。
ライカだ。
すると、エマはくるりと後ろを振りかえり、ライカににっこりと笑う。
「あんた、ライカね。この前の大会見たわよ!!あたし、エマ!よろしく!アンジーと一緒のクラスなの。たった今、彼女の友達になったわ!だから、一緒にお昼食べていい?」
「え、あ…お…おぅ」
ライカが戸惑いながら返事をすると、さらにシュネが合流。
エマはシュネに威圧されることなく、さっきと同じペースで話しかける。
その勢いに押され、結局4人で食堂へ向かうことになった。
食堂は昼時で賑わっていた。
アンジーは一足先に食事を受け取り、空いている席に腰を下ろす。
シュネやライカ、エマはまだ列に並んでいる。
(……にぎやか。みなさんと一緒に食べるの、楽しみです……)
そう思いながらトレーを見つめていると、目の前に影が落ちた。
「やあ、アンジー君」
ドン、と音を立てて椅子に座ったのは、整った顔立ちの青年だった。
自信に満ちた笑みを浮かべ、差し出された手が眩しいほどだった。
「僕はレオ。前から君と少し話をしてみたかった。同じクラスになったんだし、これからぜひ仲良くしてくれたまえ」
「……は、はい」
アンジーは戸惑いながらも、その手をぎゅっと握り返す。
そこへ――。
「誰だ、お前?」
低く鋭い声が割り込んだ。ライカだ。隣にはエマもいて、腕を組みながら睨んでいる。
「ここの席、あんたのじゃないでしょ!邪魔!」
エマが手をしっしと振るが、レオは全く気にしなかった。
「僕は気にしないよ。ああ、ライカ君、よろしく。僕はレオ。アンジー君と仲良しなんだ」
そう言ってアンジーの肩に腕を回す。
「…………」
次の瞬間、ガシャンと音を立ててトレーが置かれた。
「誰と誰が仲良いと?」
冷たい声。
シュネだ。
氷の瞳が鋭く細められている。
「まあまあ、シュネ君。久しぶりに会った友を責めないでくれ」
レオは飄々としたまま、余裕の笑みを崩さない。
「……記憶にない。誰だ?」
「忘れたのかい?小さい頃、社交の場で挨拶をしたじゃないか。僕は覚えてるよ」
「悪いが、自分より下等な人間を記憶する気はない」
「……ああ、そうか。じゃあ今日から覚えてくれたまえ。僕はレオだ。ちなみに僕は、君と同等かそれ以上の人間だよ」
握手を求めるが、シュネはその手をぱしんと弾いた。
「怖いね、アンジーちゃん。こんなののどこが良くて一緒にいるんだい?僕と向こうで食べない?」
アンジーの手を取ろうとするレオ。だがすぐにシュネが反対の手を引き、低い声で告げる。
「……お前と馴れ合うつもりはない」
「それはどうかな。同じクラスなんだ、仲良くせざるを得ないさ。そうだろう?アンジーちゃん」
二人の間に挟まれ、アンジーは困惑してライカとエマに助けを求める視線を送った。
「「見苦しい!」」
バシン、と二人の頭を同時に叩く音が響いた。ライカとエマが揃って二人を叱る。
「お前ら、いい加減にしろ!」
「女の子の扱いがなってないわよ!」
解放されたアンジーは、しおしおとした様子でエマの隣へ座る。
「エマさん……ライカさん……」
「あんたはもっと大事にされるべきなんだからね」
「シュネ。お前、アンジーから嫌われるぞ」
正論を突きつけられ、シュネはわずかに視線を逸らした。
険悪な空気の中、アンジーは慌てて両手を振る。
「み、みなさん……!仲良くしてください!私……皆さんと、もっと仲良くなりたいです……!」
その一言に、男たちの瞳が一斉に輝いた。
「ほらね?アンジー君もそう言ってる」
「……!!……」
期待で目を輝かせるレオとシュネに、呆れ顔のライカとエマ。
「「………はー…」」
波乱の昼食は、こうして幕を開けたのだった。




