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第65話: 進級試験 シュネ・ライカ編

シュネが扉をくぐると、目の前に異様な光景が広がった。

空間いっぱいに絡み合った鎖が宙を漂い、その一つ一つに魔法律の条文がびっしりと刻まれている。

鎖はまるで生き物のように蠢き、挑戦者の一挙手一投足に反応しているかのようだった。


「……これは……魔法律と魔法を混ぜた学術試験か」


冷静に条文を読み解くシュネの瞳は鋭く光った。

彼は静かに一歩を踏み出すと、杖を握りしめ、慎重に鎖の間を進む。

条文を一つずつ確認し、矛盾や無効な規定を見抜いていく。


「……この条文は矛盾しているな。ならば――無効だ」


シュネの声が響くと、鎖の一部がパチンと弾け飛ぶ。

残った鎖に目を走らせながら、次の条文を読む。


「第十七条……過去の判例に照らせば適用外。破棄」


言葉に応じて、鎖が次々と砕けていく。

だが、試験は単に条文を見抜くだけでは終わらない。

鎖には魔法的な結界も組み込まれており、矛盾を指摘するだけでは完全に解けない仕組みになっている。

魔力の流れを読み、法文の鎖に干渉するタイミングを見極めなければ、反撃を受ける可能性がある。


「落ち着け……焦るな……」


シュネは杖を軽く振り、氷魔法を発動させる。

鎖の防御機構を相殺しつつ、法文の束を次々と切り崩す。

小さな光の破片が宙を舞い、まるで星屑が散るように鎖が消えていく。


「――裁定。これは進級に値する」


最後の鎖が霧のように消え去る。

シュネは息を整え、次の試験段階に向かう。


今度は実技試験だ。

空間に広がる広間には、鎧を纏った騎士像が立ちはだかる。

赤く光る瞳、鋭利な剣。見た目だけでも威圧感がある。


「ふん、次は実技試験か。まずは基礎魔法を応用して……魔力流れを利用しながら」


シュネは掌に魔力を集め、氷の結界を展開する。騎士像が剣を振り下ろすたびに氷の結界が衝撃を和らげ、シュネは攻撃魔法で足元の魔力を断つ。


「この程度なら杖もいらないな」


連続する攻撃に体が反応するが、動きは冷静で無駄がない。


「次は重力制御……ふむ、これで浮かせる」


掌から発せられた魔力が騎士像の下を支え、宙にわずかに浮かせる。

よろめいた隙を逃さず、氷の刃を核に集中させて打ち込む。石像が粉塵を上げて崩れ、次の障害に移る準備が整った。


「……基礎を疎かにしては応用は成り立たん」


シュネの声は低く、内心の熱を隠すように静かだったが、その瞳には戦闘への集中と確かな自信が宿っている。

攻撃の順番を組み立て、魔力の流れを意識しながら次々と障害を突破していく。


やがて実技試験を突破すると、次は召喚試験が待っていた。


「召喚試験か…」


シュネは杖を高く掲げ、氷竜フリュース・ブランを呼び出す。

青白い鱗が光を反射し、重厚な影が空間に広がる。

影は大きくまるでかつで自分が恐れていた父のようだった。


「フリュース・ブラン、頼む」


竜の眼がシュネを見つめ、微かにうなずく。

シュネは心の中で、以前アンジーが教えてくれたことを思い出す。

『相手の動きを読むことと、意識を合わせることが大事』――それを実行する。

影が織りなす結界は次々と現れ、まるで生きているかのように攻撃を仕掛けてくる。

シュネは竜の動きに合わせ、魔力の流れを最適化し、敵の核に到達するタイミングを見極める。


「……ここだ」


竜が素早く動き、結界の核心を破壊する。


「そして…最後はお前だ」


結界を全て破壊したシュネの前に立つのは、何かの影。

それに名前をつけるつもりはない。


「終わりだ」


霧のように散った影の奥に、扉が静かに開かれる。

シュネは深く息を吐き、冷静さを保ちつつも、心の奥で熱い達成感を感じた。

扉の向こうでクラリスが頷いている。


「――及第点以上。素晴らしかったわ。合格よ」


シュネは短く一礼し、扉を後にした。

冷静沈着な表情の裏で、胸の奥には小さな熱が残っている。

学術、実技、召喚――全ての試験を自分の力で切り抜けた実感は、確かな自信となり、次なる挑戦への決意へと変わっていく。

歩みを進めるシュネの背中には、学びと戦いを経た者の静かな輝きが宿っていた。扉の向こうに待つ未来を見据え、彼は新たな一歩を踏み出すのだった。


* * *


黒い霧が渦巻く空間に、ライカは軽やかに足を踏み入れた。

前方には無数の影が牙をむき、唸り声を上げて迫ってくる。

黒い霧の獣――召喚試験、実技試験、学術試験、すべてが絡み合った過酷な試練の場だった。


「は……はは、やっとか。楽しみだな、我が主。いつでも我に助けを乞うといい」


低く響く声とともに、黒い影の中心からバルグラードが姿を現した。

気品ある声で「我が主」と呼びかけ、微笑みながら闇魔法の誘惑をちらつかせる。


「……あたしはあたしの意思でやる」


ライカは足を止め、バルグラードを睨みつけた。

だが、黒い霧の獣たちは迫り、足元の魔力も乱れる。

闇を吸い込むような魔力の圧力に、一瞬だけ心が揺れる。


「くそ…!!」


バルグラードはニヤリと笑い、闇魔法を使うようにそそのかす。


「どうだ、我が主。闇の力を借りれば簡単だぞ」


ライカはわずかに眉を寄せ、雷の魔力を手元に集めながら、低く言った。


「うるせぇな……あたしはあたしの力でやる。お前の力は、借りない」


その瞬間、バルグラードの瞳が鋭く光る。

だが、ライカの意思は揺るがない。

彼女は掌に雷の魔力を集中し、黒い霧の獣に貫通させようとする。

だが霧であるため、ライカの攻撃は通らず、彼方向こうへ雷魔法が飛んで行ってしまう。


「……おお、なるほど。我が主、なかなかの意思だな」


「そうだ。あたしは迷わない。お前にも唆されない…。お前はあたしに従え」


霧の獣はライカめがけて牙を向く。


「くそ!」


ライカはギリギリのところで避ける。


「だが、我が主人。苦戦してるようだ。ぜひ我が力を…」


「うるせぇって言ってんだよ。お前の主人はあたしだ」


ライカはバルグラードをぎろりと睨んだ。

その睨みは、獲物を狙う蛇の冷ややかさと、地獄の鬼を思わせる剣呑さを併せ持っていた。

ただ視線を向けられただけで、空気が張り詰め、刃を突きつけられたかのような圧迫感が走る。

バルグラードを射抜くその双眸には、容赦も躊躇もない――まるで今にも噛み殺さんとする猛獣の威を宿していた。


「………」


バルグラードは恐ろしくなり、耳をぺったりと下げた。


「……よし、行くぞ」


ライカの異変を察知した霧は形を変え、大きな獣へと姿を変える。

ライカたちが蟻に見えるくらい、大きな大きな獣の姿となった。


「バルグラード。上質な魔力をよこせ」


「承った、我が主人」


バルグラードから逆に魔力を要求するライカ。

通常ならば召喚主が魔獣に魔力を渡すのだが、2人の間の主従関係は特殊だった。


「リオン、ありがとな……これが特訓の成果だ」


短く呟き、ライカは踏み込む。

バルグラードが吠えると、びりびりと電流のような魔力が流れ、大きな獣の霧をとらえる。

動けない霧の獣に対し、ライカは雷獣・バルグラードから受け取った魔力の塊を獣にぶつけた。

獣は霧よりも細かく分散し、火花のように消えていった。


「影に沈め、バルグラード」


ライカがそう唱えると、「御意」と短く返事をして、バルグラードは影の中へと消えていった。


扉が乾いた音を立てて開き、試験は次の段階に移る。


「なるほど。次は学術か」


壁面に浮かび上がった文字列は、学術試験の合図だった。

魔力の理論、雷魔法の応用など、複雑な問いが次々と投げかけられる。

ライカは眉をひそめ、冷静に目を走らせる。


「まずは雷魔法の循環……これを魔力の流れに沿って解釈して……」


短く息を吸い、指先で魔力を動かし、文字通り理論を魔力に変換する。

間違えば光の矢が飛ぶが、ライカは躊躇せず正確に答えを導いた。

二問目、三問目も、彼女は理論と経験を組み合わせ、壁面の問いに正しい答えを示していく。

壁面の光が徐々に消え、結界は揺らめきながら崩れていく。


「楽勝だったな」


ライカは軽く肩をすくめ、実技試験に移る。


「で、最後に実技試験な」


次に現れたのは、複数の動く鎧像と障壁が混ざった空間。


実技試験だ。

杖なしでの魔法は魔力が分散させられて困難だ。

だが、ライカは一点集中で頭に叩き込んできた雷魔法を唱える。

アンジーと違い、魔法の持ち出しをしていなかちゃ。


「雷裂!!」


ライカは指先から細い電線を生み出す。

その電線は短く、ピンポイントに鎧像を貫いた。

跳躍、回避、雷の放出――体の一部のように魔力を動かし、鎧像を倒す。

攻撃を予測して鎧像の動きを読み、自身の魔力を応用する。


「……この応用、いい感じじゃーん」


短く呟き、手の先で雷の電流が流れる蛇を作り出す。


雷蛇らいだ!!」


雷の蛇が空中を飛び、短く曲がりくねった。

そして、その蛇は鎧像の首根っこを噛み砕く。

その瞬間、空間全体が光に包まれ、試験は終了した。


「おつかれさま、ライカさん。合格よ。よく闇を克服できたわね」


「へへっ。ありがとさん」


ライカは小さく肩をすくめ、背筋を伸ばす。

胸の奥には、自分の力を証明できたという達成感が小さく熱を帯びて広がっていた。

黒い影の中心で、頭を下げるバルグラードが従順に待っていた。


「もう負けねぇよ」


心の中で小さくつぶやき、彼女は次の試練に向けて歩みを進める。

影と雷、闇と光を自在に操るその背中には、以前とは違う、凛とした強さが宿っていた。

そして、そのライカの背中を見ながら、惚ける人物が一人…


「やはり彼女こそが、適合者」


ぽつりとつぶやいた言葉は、誰の耳にも届いていなかった。

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