第54話: 契約獣は子犬?!え、いやいや、フェンリルです!
真っ白なもふもふ。
もふもふで真っ白。
子犬はアンジーの足元をぐるぐる回り、尻尾をぶんぶん振っていた。
やがてお腹を見せ、きらきらした目で見上げてくる。
――まるで「久しぶり!」とでも言っているような態度。
「…………」
ディーンもクラリスも言葉を失い、ただその光景を見ていた。
ようやく思考が追いついたのは、子犬が「わんっ!」と元気よく鳴いた後だった。
「えっ、犬……? 召喚獣、なのよね? あれ、私……魔法陣、間違えちゃったのかしら!?」
クラリスが慌てて声を上げる。
「落ち着きやクラリス先生。魔法陣はちゃんとしとる。こいつは――そうや!」
ディーンは鞄から分厚い本を取り出し、パラパラとめくった。
そしてあるページを突き出す。
そこには目の前の子犬と同じ、真っ白な犬の挿絵。そして矢印の先には――巨大な狼のような姿。
「フェンリルや!」
「フェンリル!? 伝説級の……!」
クラリスが目を見開く。
「成長するかどうかはアンジー次第やけどな」
ディーンはおどけたように笑う。
「そうね。アンジーさんは、まだ一年生だし……来年には、きっと立派なフェンリルになっているわ。これからは魔力の質を高めながら、励んでいきましょうね」
その横で、アンジーはしゃがみ込み、子犬に手を差し伸べた。
「ハティル、おいで」
呼ばれた瞬間、子犬は嬉しそうに飛び込んできて、アンジーの腕の中へすっぽりとおさまる。
「この子はハティル。私はこの子と契約します」
アンジーは胸を張り、きっぱりと宣言した。
なんだか懐かしい感じがする。
まるでずっと前から知っていたかのような…。
ふわふわの毛にくすぐられながら、アンジーはハティルと目を合わせて頷く。
「そして、この子と一緒に――大会に出ます!」
「ちょっ、ちょっとアンジーさん! それは早すぎるんじゃ……」
クラリスが慌てて止める。
「せやせや、来年でもえぇやろ」
ディーンも肩をすくめる。
だがアンジーは頑固だった。
「いいえ。ハティルと一緒なら、なんだってできる気がするんです!」
「わん!」
ハティルも力強く鳴いて同意した。
ディーンはその姿を薄目でじっと見つめる。
召喚魔法に特化した彼には、アンジーとハティルの間に――成熟した絆の糸が見えた。
(……もう心が通じ合っとるやと? 早すぎるやろ……)
怪訝そうに目をこするディーン。
「……まぁ、えぇか」
クラリスは必死に止めようとするが、ディーンは手で制した。
「まあまあ、先生。わいが推薦するわ。アンジー、出てみぃ」
次の瞬間、アンジーの背中に光の紋が浮かぶ。――大会出場許可の魔法印が押されたのだ。
そして、その光の紋は、紙へと変わり、許可証へと変わった。
「ディーン先生っ……ありがとうございます!」
「わんっ!」
嬉しそうなアンジーとハティルに、クラリスは頭を抱えた。
シュネはというと、ディーンがアンジーの背中に貼った許可証をさっと剥ぎ取り、アンジーに手渡す。
「……落とすなよ」
「はいっ!」
「わんっ!」
そんな二人を眺め、ディーンはにやりと笑った。
「せやけど、このハティルの力はまだ不明や。大会に出る以上、恥ずかしくないくらい仕上げなあかん。……ちょいと、わいと特訓せぇへんか?」
「えっ……! いいんですか!?」
「わんっ!」
「推薦してしもた以上、わいの名に恥じへん召喚獣に育てなあかんしな」
「ディーン先生、いいんですか?3年生の担任もしながら、そんな時間ありますか?」
3年生担任兼召喚魔法の先生であるディーン。卒業を迎える3年生を極力サポートする立場だと言うのに、ディーンは「かまへん、かまへん」と手を振る。
「あの子らは、わいがおらんくても大丈夫なくらい優秀や。それよか、目の前のアンジーの方が興味あるわ」
珍しくディーンは真剣だった。
「俺も同行していいか?アンジーがちゃんと大会に出られるのか見極めたい」
シュネが口を開く。
だがディーンは即座に首を振った。
「悪いけどな。二人だけの秘密の特訓や」
「そ、そんな…」
「過保護なのも、えぇけど…わいはプライバシーを大事にしとるねん」
「プライバシーですか…」
この男に『プライバシー』という言葉は似合わなすぎる。
教師であるはずなのに、シュネは明らかに胡散臭いディーンを信じられなかった。
「しかし…」
シュネは不服を唱えようと、口を開こうとするが、ディーンにじろりと睨まれて、言葉を失う。
「アンジー、わいと特訓でえぇか?」
アンジーとハティルは顔を見合わせ、同時に元気よく返事した。
「はい!」
「わんっ!」
アンジーの返事を聞いて、ディーンはにやりと笑う。
「アンジーはやる気やで。えぇか?ちゃんと言葉にしたるで。お前がおると迷惑なんや。んでもって、お前はあの子のなんなん?…親か?彼氏か?それとも、足手まといか…?」
瞬時に答えることが出来なかった。
自分はアンジーの何なのか。
「アンジーは出来る子やで。わいに預けてみぃ」
胡散臭い男だが、今は信じて預けるしかない。
シュネは重ねようとした言葉を飲み込んで、手をだらんと落とした。




