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第51話: 魔獣大会の知らせ

あの日を境に、ニースはぱたりと姿を消した。

教室にも来ない。食堂にも来ない。勉強すらしない。

――いや、正しくは、ひたすら図書館にこもって本を読み漁っていた。


アンジーがその姿を目にしたのは、授業帰りに立ち寄ったときのことだ。

机に積み上げられた分厚い本、ページをめくる指は震え、まるで何かにすがるような必死さだった。

その背中に声をかけようとして、アンジーは思わず足を止める。

痛々しいほどに切迫していて、言葉を挟む余地などなかったからだ。


「……あの、ニースさんのことですけど」


授業終わり、アンジーはクラリスに切り出した。

クラリスは一瞬だけ考えて、ふっと小さく笑う。


「少し放っておきましょう。あれには、頭を冷やす時間も必要ですもの」


「で、でも……」


「それよりも――」


話題を変えるように、クラリスが身を乗り出してきた。


「アンジーさん、まだ召喚魔法できてなかったわよね?」


「あっ……」


忘れていた。

そうだ、自分だけクラスで召喚獣がいないのだ。


レイナに邪魔され、誤ってニースの魔獣フェニックスを呼び出してしまったあの日以来……ずっと。

「なんで今さら?」と首をかしげるアンジーに、クラリスは唇を弧にする。


「ふふ、もうすぐ“魔獣大会”があるからよ」


「魔獣……大会?」


「ええ。年に一度、学年もクラスも関係なく、自分の魔獣と心を通わせて優勝を狙うの。学校で一番盛り上がる行事なのよ」


説明を聞くうちに、アンジーの目はきらきらと輝きはじめた。


魔獣大会。

クラスや学年の垣根を越えて、各々が契約した魔獣と心を通わせ、勝ち上がりを目指す学校最大のイベント。

教師の承認さえもらえれば、参加は自由。承認といっても難しい試験などはなく、ただ出ていいかどうかの確認だ。

簡単な書類に教師の魔法印があれば、ほとんどの生徒は出られる。


そして、出ない生徒はほとんどいない。

なぜなら、この大会は“出世の登竜門”と呼ばれているからだ。

優勝、あるいは上位に入れば、王家主催の「学術・戦技会」に招待される。

そこで実力を認められれば、王宮の護衛や騎士団候補にスカウトされることも――。


まさに、将来を切り拓くための大舞台。


「――っていう大会があるらしいです!」


アンジーは寮に戻るなり、ライカとシュネに熱弁をふるった。

しかしライカは大きなあくびをし、半笑いで肩をすくめる。


「熱く語ってるけどさ、お前……まだ契約すらしてねーだろ?」


「うっ……!」


図星を突かれて、アンジーは苦笑いでごまかす。


「で、でも! 頼もしいお供と契約できるよう、がんばりますからっ!」


「ふーーーん?」


「シュネさんも出られますか?」


「俺か…?そうだな…」


シュネは腕を組んだまま、静かに首を振る。


「…俺は出ない、かな。嫌味に聞こえるかもしれないが、俺の場合、魔法律に勤務するという将来が約束されている。それと…時間の足りない契約獣と慌てて心を通わせても意味がない。……出るとしても、来年か再来年だ」


冷静で、揺るぎない答えだった。

ライカの「明らかな嫌味だろ」と言う声も無視できるほど。


「そうですか…」


アンジーはシュネの回答に肩を落とす。


「今年はでないというだけだ。要するに見学、だ。準備が整い次第、来年には顔を出そう。大会に出る事自体は名誉のあることだからな」


「分かりました!約束ですよ!」


「ああ、約束しよう」


シュネはアンジーに優しく笑いかけた。

一方のライカは――。


「ライカさんはどうしますか?」


「出てもいいけど……うーん」


微妙な顔で唸っていると――。


『出ればいいではないか、我が主人よ』


不意に低い声が響き、三人は足元を見下ろした。

ライカの影が揺らめき、その中から金色の瞳がギラリと浮かび上がる。


「バルグラード……!」


ライカは顔をしかめたが、影の主はすっかりやる気満々らしい。


『我は戦いたい。我が主人と共に、頂を目指したいのだ』


「……ったく。なんでお前が意見してんだよ」


『我が主人よ。我はこの学園を卒業した後のことを危惧しているのだ。墨黒一族の主人がどう生きるべきなのか…考えるべきではないか?』


「うっ…」


ここで学ぶ本来の理由。


ーーー“どんな力であれ学問になる場所”で、自分の在り方を見つければいい。 自分が正しいと信じられる道を、自分で選べ。俺はその場を用意してやる。いつまでも俺の威光の裏に隠れられると思うなよ


ライカはシュネの言葉を思い出す。

卒業した後のことなんて考えてもいなかった。

ただ楽しい時間を過ごすだけではないことを忘れてはいけなかった。

じぃっと見つけるバルグラードの瞳に、ライカは首をゆっくり縦に動かす。


「こいつがこんな気合い入れてんだから、仕方ねぇな。出るわ」


渋々と肩を落としながらも、ライカの口元にはかすかな笑みがにじんでいた。


「じゃあ、私も出ます!」


アンジーは勢いよく拳を握る。

数秒の間の後…


「…は?!どうやって!?」


ライカとシュネのツッコミが飛んだ。

契約獣もいないまま、アンジーの挑戦が始まろうとしていた――。

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