第50話: 崩れた晩餐会
魔物との遭遇のあと、晩餐会は当然のように中止となった。
「王はすでにお戻りになった」との知らせはすぐに生徒たちへ伝わり、広い食堂に残されたのは、無惨に荒れ果てた光景だけだった。
天井のステンドグラスは粉々に砕け散り、豪奢な長机も横倒しになった。
金糸のクロスも皿も散乱し、煌びやかな晩餐会場は嵐の通り過ぎた後のように乱雑だった。
「お料理、食べられなくて残念ですね……」
アンジーが呑気に呟くと、ライカがすぐさま突っ込む。
「はあ? お前、これ見てまだ飯の心配かよ。どこで優雅に食えってんだ」
彼女は倒れた椅子を蹴り飛ばし、散らばる破片を顎で示した。
「……これじゃあ、まるで嵐のあとじゃねーか」
アンジーは気まずそうに笑ったが、周囲の教師たちがすでに後片付けを始めているのに気づき、すぐに表情を切り替えた。
「わ、わたしたちも手伝いましょう!」
彼女に引っ張られるように、ライカも腰をあげた。
そこへ姿を見せたのは、シュネ、アルトゥル、そしてセリウス校長だった。
「……あっ! ちょうどよかったです!」
アンジーはぱっと顔を輝かせると、近くに落ちていた木片を拾い上げ、当然のように校長に差し出した。
「用務員さん! 一緒に運ぶの、手伝ってください!」
その瞬間、時間が止まったように周囲が固まった。
シュネは「……アンジー?」と二度見し、教師たちも一様に口を開けて目を丸くする。
ただひとり、セリウス校長だけがにこにこと笑っていた。
「アンジー。彼が誰か、分かっているのか?」
「え?用務員さんですよね?」
「………いいか。アンジー…あの方は…」
隣で小声でシュネの説明を聞いた数分後…青ざめたアンジーは校長の正体に気づき、勢いよく頭を下げていた。
「す、すいませんでした!! まさか校長先生だなんて……! でもっ、お花のお世話をされてる姿をよく見かけたので、てっきり……!」
セリウスは大きく笑いながら、首を横に振る。
「いやいや、気にしなくていい。花の世話は私の日課さ。生徒と触れ合える大切な時間だからね。むしろ、あれが本業でもあると思っているくらいだよ」
アンジーは「そ、そうなのでしょうか……」と感心したが、ライカは横目で「いや本業間違ってんだろ」と呟いていた。
「それよりも――ここは魔法学校だ」
セリウスはそっと杖を掲げた。
「片付けも、魔法らしくいこうじゃないか」
次の瞬間、砕け散ったガラスの破片がふわりと宙に浮かび上がる。
ひとつひとつが光を反射し、まるで花びらのように舞い踊る。
虹色にきらめく粒子が渦を描き、やがて天井の空いた穴へ吸い込まれるように収まっていく。
――カラン、と最後の欠片がはまり、砕け散っていたステンドグラスは、何事もなかったかのように蘇った。
「わぁ……!」
アンジーの瞳がきらきらと輝く。
「すごいです! いつか、私も……校長先生みたいな魔法使いになりたいです!」
「それは頼もしい。ありがとう、アンジー」
セリウスは穏やかに笑みを返した。
そのとき――。
ごぉっと強い風が吹き荒れ、空間がねじれる。
転移魔法の渦から現れたのは、クラリスとニースだった。
「遅れて申し訳ありません!」
クラリスが慌てて頭を下げる。
一方のニースは無言で立ち尽くしていた。
「ほら、あんたも謝って!」
クラリスが無理やり肩を押すと、ニースは渋々頭を下げ……かけたが、やはり何も言わなかった。
「……今日のことは、全部こいつに責任持たせます! 校長先生ももうお休みください!」
クラリスは語気を強めて言い切る。
セリウスは手をかざして宥めるように微笑んだ。
「まあまあ、そんなにカッカせずともいいじゃないか」
「ですが!!」
ニースの横に立ち、穏やかな声で語りかける。
「何があったのかは、私には分からない。けれど……君はきっと、自分にできる最善を尽くしたんだろう?」
ニースは答えなかった。
ただ、目を伏せ、影のように立ち尽くすだけ。
「……あなたたちはもう行きなさい。ここは全部…彼が責任を持つわ」
クラリスに促され、アンジーたちはその場を後にした。
最後に見えたのは、食堂の扉の向こうに立つニースの背中だった。
その姿は、まるで魂を失った抜け殻のように見えた。
――ガチャン。
扉が閉ざされ、ざわめきの余韻だけが残った。




