第49話: 影と光、かつての名で
眩い光が会場を包み込んだのは、ほんの数秒のことだった。
だがその後に残った静寂は、まるで何か大きな時代が終わったかのような余韻を残していた。
魔物たちは、光に包まれたまま一体残らず消え去った。
教師たちは呆然と立ち尽くし、目を細めながら光の名残を見上げている。
「い、今のは……光魔法か? まさか誰が一体……?」
「信じられないくらいな魔力量だった…」
ぽつりと誰かが呟いたが、誰も明確な答えを返す者はいなかった。
光魔法——魔力の真髄までたどり着いた者しか見れない頂。
そう簡単に目にできるものではない。
——そしてその中心にいた少女、アンジーは。
「はぁ……はぁ……」
その場に座り込み、肩で息をしていた。
汗が頬を伝い、瞳はわずかに揺れている。
強い魔力の消費に加え、精神的な負荷も大きかったのだろう。
駆け寄ってきたのはライカだった。
普段なら誰よりも冷静なはずの彼女も、今ばかりは動揺を隠せない顔つきだ。
「悪い……ぼーっとしてた」
不意に出たその言葉は、まるで自分自身に向けた戒めのようにも聞こえた。
「気にしないでください。それよりも……ライカさんの方が、大丈夫でしょうか?」
アンジーはまだ震える指先をそっと胸元に添えながら、逆にライカを気遣う。
ライカは視線を逸らし、やや口元を歪めた。
「大丈夫だ」
それだけ言って、黙り込む。
語らぬことに対する拒絶の空気を纏ったまま。
彼女の周囲に、誰も入れないような壁が張られる。
だがアンジーは、その壁をものともしない。
真っ直ぐな瞳で見つめ、さらに心配そうに問いかけた。
「本当ですか?本当に大丈夫ですか?ライカさんの顔が……その、少し青白くて、えっと、すごい辛そうです!まるで——」
「……ぷっ」
ライカは吹き出した。あまりにも真剣に心配されるものだから、思わず笑ってしまったのだ。
苦々しくて、でもどこか温かい笑い。
「ははっ……なんだよ、真面目に考えてたのが馬鹿らしくなってきた」
ライカはそう言って、アンジーの頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「大丈夫、大丈夫。気にすんな。……そのうち話すよ。シュネも一緒に聞いてほしいしな」
アンジーが少しだけ表情を和らげたのを見て、ライカは周囲を見渡す。
「……にしても、あいつどこ行った? シュネ」
***
厨房から少し離れた静かな応接室。
そこには、王グランツァ、その側近たち、そしてシュネとアルトゥルの姿があった。
「ここなら安全だ」
アルトゥルがそう判断して、王をこの部屋に誘導したのだ。
しかし王は椅子に腰を下ろすことなく、何かを感じ取ったように扉のほうを振り返った。
「……今の光、あれはなんだ?光魔法か?」
ゆっくりと立ち上がりかけるその動きに、すかさずシュネが前に出た。
「お待ちください、陛下。今は——危険です」
「……うるさいな」
低く、吐き捨てるような声。
次の瞬間、王の掌に紅蓮の炎が宿る。
それは警告でも威嚇でもない、明確な敵意を持った魔法だった。
「っ……!」
思わず身構えたシュネ。その炎は彼に向かって放たれ——
ーーーばしゅんっ
音と共に、炎は消えた。
「誰だ……お前は」
王の声に、割って入った男はにこやかに笑った。
「ははは、ご冗談を」
その口調は柔らかく、けれど芯のあるものだった。
白銀の髭をたくわえ、白いローブに身を包んだ男が、ゆっくりとフードを下ろす。
「わたしと君の仲で、“誰だ”というのはちょっと悲しいね、サイラス」
「校長先生……!」
シュネが声を上げた。思わず息を呑んで。
校長はシュネに軽くウィンクを送る。
その仕草は、先ほどまでの緊迫した空気を嘘のように和らげた。
——だが。
「それとも、中身は別の人間かな?」
校長がふと、目を細めながら王を見つめて呟く。
その一言が、この場にいる誰よりも深く鋭く、王を貫いた。
ピタリと空気が凍りつく。
——王は、笑った。
「ああ、悪い悪い、セリ。最近は物忘れがひどくてな」
態度を一転させ、親しげに名を呼びながら歩み寄ってくる。
「まだボケるには早いぞ、サイラス」
校長——セリウス・ミレントは、王の背を軽く叩いた。
その一瞬だけは、確かに旧友同士のような、柔らかい空気が流れた。
シュネはその光景に言葉を失うが、隣のアルトゥルが小声で告げる。
「彼らはこの学校の出身。かつての同級生であり、同時に最高位の魔法使いだ」
「……同級生、ですって?」
信じられない思いでシュネが問い返す。
「紅焉のサイラス・グランツァ。情に厚く皆から愛された、翠影のセリウス・ミレント。いつも互いを追いかけ合い、争いながらも、誰よりも信頼し合っていたとか」
その言葉が耳に届いたのか、王はふっと鼻で笑った。
「懐かしい呼び名…だな…」
目の奥に、過去の炎がちらりと灯る。
「では、全て片付いたことだし——晩餐会に戻ろうか」
校長は努めて軽やかに言った。
だが、王は首を振る。
「……いや、気分を害した。先に帰らせてもらう」
それだけを言い残し、従者を呼んで部屋を出て行く。
「送ろう」
校長も無言でその後を追った。
残された部屋には、シュネとアルトゥルだけが残されていた。
まるで、濃密な嵐が通り過ぎたあとの静けさの中に。




