第48話: 闇を裂く光
「……こいつ……!」
ライカの瞳が大きく見開かれた。
「なんで、ここに……!?」
天井に穿たれた穴の奥から、眼を持たぬ蛇のような影が蠢き、巨大な顎と牙だけを晒して現れる。
ぬるりとした闇そのものが、会場を飲み込もうと迫っていた。
アンジーは思わず息を呑む。
普段は誰より強気で、毒舌ばかり吐くライカが――震えていた。
ガタガタと音が鳴るほどに、全身を。
「ライカさん……?」
「……動け、ねぇ……っ」
ライカの声は掠れていた。恐怖が理性を奪い去っている。
アンジーには分からなかった。
どうしてライカが、これほど怯えるのか。
だが一つだけ理解できたことがある――。
あの魔物は、間違いなく“悪”だ。
その異形は王の真上へと落下する。
「陛下――!」
危険を察したアルトゥルが咄嗟に氷魔法を展開し、鋭利な氷壁を天へと突き上げた。
「父上!!」
シュネが叫び、氷の矢を無数に放つ。氷と氷が絡み合い、初めての親子の共同魔法が結界を形成した。
ズガァァァン――!
魔物の顎が氷を噛み砕こうとする。結界がきしむ音が響いた。
しかし、それは一体だけではなかった。
二体、三体、四体――。
次々と天井の穴から落ちてくる。
「どういうことだ! 学校の結界は絶対のはず……!」
「外部からの侵入なんて……ありえない!」
教師たちが驚愕しつつも防御魔法を展開する。
会場は一瞬にして戦場と化した。
王はアルトゥルとシュネの氷に守られつつ、姿を消すように奥へと退いた。
アンジーはその背を見送りながら、胸を押さえる。
「……良かったです……」
安堵の息を吐いた、その瞬間。
「――来るぞ!」
教師の叫びが飛んだ。
見落とされていた一体が、会場をすり抜け、厨房へと向かってくる。
アンジーたちのいる場所へ。
「嘘……!」
アンジーはライカの腕を掴み、叫んだ。
「ライカさん、逃げましょう!」
だが――ライカは動かない。
その場に膝をつき、硬直したまま。
「無理だ……無理だ……っ」
青ざめた唇が震え、虚ろな瞳から涙が零れ落ちる。
普段、誰よりも強く、誰にも怯まない彼女が。
まるで子供のように震えている。
魔物は刻一刻と迫ってくる。
牙の影が、彼女たちを飲み込もうとしていた。
アンジーの心臓が強く脈打つ。
――守りたい。
頭ではなく、心が叫んでいた。
ライカを守りたい。
シュネを守りたい。
皆を守りたい。
「……お願いです……動いてください、私の魔法……!」
その瞬間、胸の奥が灼けるように熱くなった。
光が溢れ出す。
「――ッ!」
アンジーの両手から、純白の光が奔った。
会場を埋め尽くすほどの光柱が立ち上がり、魔物たちを呑み込んでいく。
耳を劈く断末魔が、影の奥から響いた。
その最中――。
『アンジー……あなたは優秀な魔法使いよ』
優しく響く声。
尖った耳を持つ、金髪の女性の姿が脳裏にちらつく。
そして、もう一つ。
『お前は――を――するんだ。これがお前の使命だ』
低く重い、男性の声。
砂嵐がかかった記憶。
手を伸ばしても掴めない断片。
「……だれ…ですか…?」
アンジーは呟く。
光はさらに広がり、やがて魔物は全て消滅した。
静寂。
残ったのは、アンジーの震える呼吸音だけ。
アンジーは両手を見つめる。
「……私が……」
掌に残る、温かく確かな光の感触を、何度も確かめた。
――それは、彼女が忘れていた“使命”の欠片だった。




