第46話: 祭りの余韻と、不在の影
創造祭の昼の部は、校舎と広場のあちこちで催しが開かれていた。
劇に歌に踊り、屋台の魔法雑貨に不思議な食べ物。
アンジーとライカ、そしてシュネは人混みを抜けながら、思い思いに祭りを楽しんでいた。
「ほら、こっちに変なジュースあんぞ。飲んでみろよ、アンジー」
「えっ? な、なんか虹色に光ってますけど……」
「大丈夫大丈夫。あたしも飲んだけど、舌が一瞬しびれるだけだから」
「それ、大丈夫じゃないです!」
慌てて一口含んだアンジーは、目を丸くした。
「わっ……!甘いのに、後からしゅわって……不思議な味!」
「だろ?面白ぇよな」
ライカは豪快に笑い、屋台で買った焼き菓子をつまむ。
サクッとした音と同時に、口の中で小さな花火のような魔力が弾けた。
「うわっ!なんだこれ」
そんな賑わいの中で、アンジーはふと背筋を伸ばす。
「……あれ。あそこにいるの、王様じゃないですか?」
遠くの人だかりに、王の姿がちらりと見える。
その傍らには堂々たる雰囲気の男性――シュネの父、シュトゥルム伯爵の姿もあった。
「とーちゃんいるじゃん、シュネ」
「あとで挨拶に行かないと、ですね」
アンジーは小声でシュネに伝える。
「いや、今はいい」
「え、でも…」
ライカも腕を組み、「お前、父親だろ。顔ぐらい見せとけよ」と口を尖らせた。
「……あまり人前で会うのは好ましくない。機会があれば、だ」
「あー、お前、恥ずかしいんだろー!」
「……うるさい」
吐き捨てるように言って、シュネは歩みを速めた。
「待ってください、シュネさん……! わぁ……!見てください、この指輪!風の精霊の力をちょっとだけ借りられるんですって!」
アンジーは屋台のケースに並んだ銀の指輪を指さし、きらきらした瞳で見つめる。
「……そんな安物に本当に効果があるのか怪しいものだ」
「そうでしょうか……あ! あっちも面白そうです!」
「アンジー……!」
焦るシュネは人混みに消えそうになるアンジーを追いかける。
その背中は今にも遠くへ行ってしまいそうで――だからこそ、彼女をここに引き止めたくなる。
「ふふ、楽しいですね」
そんな二人を見ていたライカは、大きなあくびをした。
「あー、やっぱ人混みは疲れるわ。晩餐会の料理もしないとだし、あたしはここでフェードアウトするわ」
「ライカさん、大丈夫ですか?体調悪いですか?」
「大丈夫大丈夫。ちょっと休むだけ」
ライカはシュネの肩を軽く叩き、にやりと笑った。
「……うまくやれよ」
それだけ言って、人混みの中に消えていった。
「まったく……」
「ライカさん、大丈夫でしょうか?」
「気にするな。それより、祭りを楽しもう」
シュネはアンジーの小さな手をそっと握った。
「シュネさん……」
「今日は祭りだ。少しぐらいタガが外れてもいいだろ?」
珍しく、いたずらっぽい少年の顔をしたシュネに、アンジーも優しく笑い返した。
* * *
やがて夕暮れが迫る。
「楽しい時間はあっというまですね……。そろそろ準備に向かわないと」
名残惜しそうにアンジーが声をあげると、シュネは小さく頷いた。
手を離すのが名残惜しい。
シュネも同じ気持ちなのだろうか。
アンジーは残念な気持ちと共に、手をするりと離した。
二人が厨房に入ると、すでにエプロン姿のライカがいた。
「おい、さっさとエプロンつけろ。んでもって、大変だ……!!」
「どうしたんですか、ライカさん?」
「実はな……」
――ニースがいない。
1時間前、ライカは彼を誘いに部屋を訪れたが不在。図書館にも姿はなく、どこを探しても見つからなかったという。
「チッ……このままじゃ間に合わねぇ」
そこへクラリスが飛び込んでくる。
「ちょっと!ニースが現れないって本当!?」
「本当だ」
ライカが短く答える。
「信じられない……あのバカ!」
苛立ちを隠さず、クラリスは手を掲げた。
「探してくるわ!」
そう言うと、移動魔法で姿を消す。
厨房には三人が残された。
「どーすんだよ。前菜が手付かずじゃ、晩餐会に間に合わねぇ」
「じゃ、じゃあ私がやります! デザートはあとでも大丈夫ですから!」
「バカか! お前がやったらデザートが間に合わねぇんだよ!」
「でも――!」
「黙れ。言い争っている暇はない」
低い声が割って入った。シュネだ。
「……俺がやる」
「は? お坊っちゃんが?」
ライカは鼻で笑う。
「包丁だってまともに握ったことねぇだろ」
「俺がただ見ていただけだと思うな」
シュネは上着を脱ぎ、エプロンの紐を結ぶ。
白い腕が露わになり、指先がすっと包丁を取った。
――ザクッ、ザクッ。
規則正しい音が厨房に響く。玉ねぎを刻み、鍋に油をひき、木べらを滑らかに操る。
その所作はまるで舞踏会で踊る貴族のように、優雅で無駄がなかった。
「……嘘だろ」
ライカが目を丸くする。
アンジーも「す、すごい……!」と息をのむ。
香り高いスープが形になっていく。最後にシュネはそっと鍋に手をかざした。
感情を魔力に込める――彼が注いだのは、冷ややかに見えて誰にも知られたくない、一粒の温もり。
「……さあ、どう味わう……?」
誰にも聞こえないほど小さな声で、彼は呟いた。




