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第44話: 魔力と味覚の融合

調理場には、次第に立ちのぼる香りが満ちていた。

アンジーが手をかざし、スープの表面に淡い光を流し込む。


「……今よ、ここで魔力を押し流すように」


クラリスが横で指示を飛ばす。

アンジーがうなずいて集中すると、スープの色合いがふわりと変わった。


「おお……なんか、香りが増した気がするな」


ライカが鼻をひくつかせる。


「僕が火加減を完璧にしたからね」


ニースが胸を張ると、ライカがすかさず突っ込む。


「は? それはアンジーのおかげだろ」


「えっと……二人とも、ありがとうございます」


アンジーは困ったように微笑んだ。

そのやり取りを、少し離れた椅子に腰かけながら眺めるシュネ。

本来なら口を挟む立場ではないはずなのに――三人があまりに楽しげで、胸の奥がむず痒くなる。


(……俺だけ、外にいるようだな)


クラリスが咳払いをして空気を切り替える。


「さて、そろそろ本番に向けて、正式なメニューを発表するわ」


机に並べられた紙には、三つの料理名が書かれていた。

・光樹のスープ

・星屑のステーキ

・精霊果のプリン


「この三品で勝負したいと思うの。今までの特訓の成果が大いに出そうなメニューでしょ?味はもちろん、込められた魔力の質も見られるから、頑張りましょうね」


「へえ……肉料理ならあたしがやるぜ」


ライカが自信満々に言う。


「あと、プリンは甘いもん得意なアンジーだな」


「そうでしょうか…」


ライカがアンジーをスイーツ係に抜擢したので、アンジーはプリンを作ることとなった。


「じゃあ、僕はスープを……」


ニースが答え、役割が決まる。


* * *


創造祭まで残り数日。

校舎のあちこちから漂う香ばしい匂いと歓声に混じり、調理室の一角では、アンジー、ライカ、ニースの三人が試作に没頭していた。


「じゃあ今日は、いよいよ本番に近い料理を作っていくわよ」


とクラリスが張り切った声をあげる。


「改めて、あなたたちの担当を確認するわね。前菜のスープはニース。メインの肉料理はライカさん。デザートのスイーツはアンジーさん。いい?」


三人はそれぞれ頷いた。


「今からわたしは審査員よ。本番だと思って動いて見て」


シュネもクラリスの横で審査員(仮)としてこの試作日に招待されていた。


「頑張れよ」


「分かりました」「了解」「うん」


アンジー、ライカ、ニースはそれぞれ頷き、各調理場へ分散する。

ニースは前菜のスープに取り掛かる。

一番初めに審査員の元に届くスープは、時間もあまりかけられない。


「………これはただのスープだよ」


スープの鍋に浮かぶ、静かな液面。

ニースは淡々と材料を刻み、構想の分量を緻密に調整し、静かに魔力を注ぐ。

一度目は、具材の旨味を引き出す加速魔法。

二度目は、香りを拡張する風魔法。

三度目は、口当たりを滑らかにする変性魔法。

だが…魔力に、何の感情ものっていなかった。


「出来たよ」


ニースは無表情で言った。


「肉の扱いなら、慣れてるからな」


ライカが選んだのは、分厚い魔獣の肩ロース肉。

それを手際よく捌き、筋を断ち、下味を丁寧に染み込ませていく。


「”あたしの力”を味にするなら…やっぱこれだな」


ライカの手から迸る、青白い雷。

肉に触れる指先から、青白い熱がじわりと広がる。だが、それは怒りではない。


「ライカさんの魔力には…”誇り”が混じるのね」


クラリスはライカの感情の魔力をしっかりと見つめる。

墨黒一族と呼ばれ、あらゆる人に蔑まれた。だが、彼女は彼女でいることを否定しない。


「魔力は、調理の“瞬間”に宿る…これがあたしの原点だ」


ジュワッと音を立てて肉が焼ける。香ばしい煙が立ち込め、部屋の空気が一瞬で満たされる。

彼女の魔力は強く、獣臭さを消し、肉のうまみを芯まで閉じ込めた。

一方、アンジーは、デザートは審査員の胃を満たす最後のデザートに取り掛かる。

小さなかぼちゃを丁寧にくりぬきながら、ぽつりと呟いた。


「私は…誰かの”笑顔”を見るのが好きなんです」


アンジーが選んだのは、かぼちゃとミルクを使った優しいプリン。素材の甘さを活かし、香草を少しだけ添える。


「誰かの疲れを癒して、明日も頑張ろうって思える………そんな希望を作りたいです」


アンジーは微笑みながら両手をかざし、ほんのりと光る緑色の魔力を生地に込めた。

やさしく包むように。

プリンがふるふると震えながら固まり、柔らかな香りを放つ。


「アンジーさんの感情の魔力は…”慈しみ”ね」


「……アンジーは、記憶がありません。彼女はきっと…お世話になった人のことを思って幸せを感じて欲しいと祈ったのでしょう」


彼女の気持ちがプリンの甘さと優しい香りに魔力として溶けていく。


「魔力って、ちゃんと答えてくれるのよ」


クラリスはシュネに優しく語りかけた。

そして、すべての試作品が完成した。


「どんな味がするのかしら…楽しみね、シュネ君」


「はい、そうですね。味にはうるさい方なので、彼らの料理が楽しみです」


まずクラリスとシュネの前に提供されたのは、ニースが作ったスープだ。


「うん…」


クラリスはスープを一口すする。


「………確かに、完成度は高い…。おいしい。でも冷たいわ」


「そりゃ…冷静スープだもん」


「違うわよ、ニース。これは”感情の温度”がゼロなの」


ニースは何も答えず、手を拭いた。


「美味しい…が、魔力の性質が均質すぎる。まるで…魂そのものが…」


抜け殻のようなスープだった。


「僕にこれ以上を望まないで欲しい…」


「まあ、いいわ。大丈夫でしょう。前菜だしね。審査も甘くなるでしょ」


クラリスがスープを飲み終えた頃、ライカの肉料理が提供される。

さすがはシュネの家で長らく使用人をやっていただけある。

皿を一つ置くのに音一つもたてることはなかった。

クラリスがフォークを手に、ライカの肉料理にかぶりつく。


「……っ! うまっ……肉汁が口の中で弾けて、でも脂っこくない……」


「火入れも完璧だ」


「そ、そうか? へへ、まぁな!」


とライカは耳を赤くして笑った。


「メインディッシュの肉料理は味が濃く出来る分、大雑把になりがち。でも、これ、すごいわよ、ライカさん!」


フォークとナイフを交互に使いながら、二人はメインディッシュを完食する。

最後にアンジーのプリン。

アンジーはぷるぷると震える手で2人の前に静かに置く。

ライカの料理が高評価だけあって、最後の自分への評価で下げてしまわないか…。

プレッシャーに負けそうになっていた。

クラリスは眼鏡をくいっとあげて、プリンを吟味する。

そして、小さなスプーンで優しくすくい、口の中に入れた。


「……これは……」


「………」


無言が続く二人にアンジーは唾を飲み込む。


「優しい……まるで、食べた人を抱きしめてくれるみたい」


「天使の音色が聞こえるようだ。目をつぶるだけで癒される」


クラリスとシュネは瞳を閉じ、口の中いっぱいに満たされる甘さに癒された。


「よ、良かったです」


アンジーは照れながら、小さく呟いた。

そして、クラリスは大きく目を見開き、大声で3人をほめたたえる。


「合格よ!!これなら、優勝間違いなし!!」


これなら優勝間違いなし。

審査員の一人であるクラリスが何度も3人にエールを送った。

彼女の期待が高まる中…審査日が迫る。

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