第35話: 迫られる真実、暴かれる陰謀
夜の静けさが支配する学院。
だが、一室だけは異様な緊張に包まれていた。
アンジーはクラリスとディーンに呼び出され、机を挟んで正座のように座らされていた。
二人の教師の顔は、普段のそれとはまるで違っている。
「……アンジー。なにをしでかしたか分かっとるか?」
あの軽口で明るいディーンとは思えないほど低い声だった。
アンジーは小さく肩を震わせる。
けれども声は出ない。
「今回は――運が良かったな。契約者本人が近くにいたからこそ、フェニックスは戻ったんや。けどな、もしそうでなかったら……死人が出てたで!」
机をドン、と拳で叩く音が響く。
アンジーはびくりと体を跳ねさせた。
クラリスも腕を組んで、眉間に深いしわを寄せる。
「私だって……守ってあげたい。でもね、アンジー。これは遊びじゃないの。あなたが軽く触っただけで、どれほどの人間を巻き込むか、分かってる?」
「……ごめ…ごめんなさい……」
蚊の鳴くような声が漏れた。
「謝ればいいって問題じゃないで!」
ディーンの声が怒号となって響く。
「召喚魔法は命を繋ぐ契約行為や。それをねじ曲げればどうなるか、自分、理解してないやろ!……わいとしては、正直――退学もやむを得ないと思っとる」
その言葉に、アンジーの心臓が止まりそうになった。目の前が暗くなる。
(あんなに一生懸命勉強したのに…全てが無になる…)
(おじいさん、おばあさん…シュネさん、ライカさん…私は…私は……)
バンッ!
勢いよく扉が開かれた。
「待て!」
ライカが荒々しく踏み込み、その後ろにはシュネ、そして泣きじゃくるレイナの姿があった。
***
一時間前。
薄暗い廊下で、レイナは二人の生徒に追い詰められていた。
壁際に追い詰められた彼女の目の前には、無慈悲に睨みつけるシュネ。
まさに壁ドンの構図だった。
「……し、シュネ様……近い、です……!今日はどのようなご用で?あ、パーティーのお誘いでしたら…」
レイナはうっとりと顔を赤らめる。
だが、そんな戯れを許す空気ではない。
「黙れ」
シュネの声は氷刃のように鋭かった。
その瞳には怒りが渦巻き、この世のものとは思えぬほど殺気が溢れていた。
「ひっ…!」
ライカもまた、同じように怒りを押し殺していた。
「……見てたんだよ、あたし。お前がアンジーに紙を渡すところをな」
「はぁ?紙…なんのこと言ってるんですかぁ?」
「…俺の前で言い逃れできると思うなよ。アンジーが持っていた魔法陣は…別のものだった。これはお前が用意したものだろ?くそっ。こんな紙っぺら一枚のために…見つけるのに時間がかかった」
シュネの手には、問題の魔法陣が描かれた紙が握られていた。赤黒く書き換えられた禍々しい陣。
「あ…ああ…そ、んな…」
レイナは震え、そして堰を切ったように泣き崩れる。
「どういうことか、説明してもらおうか?」
「ち、違うのよ!!だって、だって!アンジーは、ただの使用人じゃない!!なのにシュネ様にあんなに近づいて…先生にだって気に入られて!!使用人ごときが…バカみたい!!!だから、退学させてやろうと思ったのよ……!」
嗚咽混じりに、全てを吐き出す。
「図書館で調べていたら、『反逆の召喚魔法』なんてものを教えてくれた人がいたのよ。だから、全部そいつが悪くって!私は……それで…だた…紙を作って……当日、わざとぶつかって……!私は何も悪くないわ!!!」
「黙れ。全てお前が悪い」
「ひっ…!!」
ライカは冷ややかに鼻で笑った。
「くだらねえ動機で、死人出す気だったわけか。最低だな」
レイナは床にへたり込み、涙をぽろぽろこぼした。
「さっさと来い。アンジーを救いに行くぞ。そこの小汚いの、お前もだ」
ライカは立ち上がらないレイナを無理やり引っ張り起こし、ずんずんと進んでいくシュネの後に続いた。
***
説明が終わると、シュネは真っ直ぐにディーンを見据えた。
「――以上の理由から。アンジーに罪はない。退学など、到底受け入れられない」
ライカも無言でうなずき、クラリスとディーンを睨みつける。
二人の教師は顔を見合わせ、重いため息をついた。
「なにがなにやら……はーーー。めんどくさ…まま、分かったわ。ここでどーのこーのするには重すぎる話やな。まずは校長に持ち帰らせてもらうわ。この件は一旦保留。えぇな、クラリス先生」
「ええ、そうね。…アンジー、レイナ。二人とも、全てが決まるまで、出席停止よ」
「そ、そんなぁ!!私は何も悪くないのに!!」
レイナはクラリスのスカートにしがみつく。
「こんなことお父様に知られたら…」
「レイナさん、悪いけど、お父様には確実にお知らせすることになるわ。あなたにも色々と聞かないといけないみたいだし。アンジーさんは一旦寮に戻って。レイナさんはここで尋問させてもらうわ」
判決は先延ばしにされたが、処分が免除されたわけではない。
アンジーは胸を押さえ、救ってくれたシュネたちに深く頭を下げる。
だが、泣き崩れるレイナに思わず視線を向け、同情を浮かべた。
「……私のせいで、こんなことに……」
その声を聞いたライカは、心底呆れたようにため息をついた。
「はあ? お前、ほんっとお人好しすぎて気持ち悪ぃわ」
――こうして、学院を揺るがす大事件の一幕は、次なる嵐の前触れとして幕を閉じたのだった。




