第34話: 炎の契約者
魔石が赤黒く染まった瞬間、空までも異様な色に変わった。
どろりと濁った赤と黒――この世のものとは思えない、不吉な色彩。
「な、なんだよこれ……」
「気持ち悪い…」
ざわめく生徒たちの前で、地面に描かれた魔法陣が裂けるように光を放つ。
そして、そこから姿を現したのは――
――炎をまとった巨鳥。
全身を紅蓮の火で包み込み、翼を広げるたびに灼熱の風が吹き荒れる。
「フェニックス……っ!?」
「しかも、成熟している…」
クラリスが震える声で名を呼んだ。
伝説の召喚獣と呼ばれる火の鳥だ。
死と再生の象徴。
放たれる炎を受けた相手は、灰になるまで燃え尽くされると聞いたことがある。
「……っ!!」
熱い。
熱風だけでやられそうだった。
その存在だけで場の空気を支配していく。
次の瞬間、その炎の巨鳥はアンジーめがけて突撃してきた。
「ひっ……!」
声にならない悲鳴。
足が竦んで動けない。
「ちっ!!ゴゴン!!」
ディーンが飛び込み、アンジーとクラリスの前に立ちはだかった。
「ゴゴン!」
ディーンの召喚獣ゴゴンが大口を開き、闇だけが広がる口の中にフェニックスの炎を飲み込む。
しかし
「ゴホッ……! ゴホォォッ!」
ゴゴンが苦しげに咳き込んだ。
「大変!全部吐き出させないと!!不死鳥の炎は消えることのない、永遠の炎よ。いかに魔獣といえど飲み干すことはできないわ。ディーン先生、早くゴゴンを下げて!」
「せやけど、ゴゴンがおらんくなったら、誰が守るっちゅーねん。ゴゴン、熱いやろうけど我慢や。壁になってくれや!」
「ご…ゴゴン!!」
ゴゴンは気合を持ち直し、3人の壁に徹する。
3人はゴゴンの後ろに隠れて、なんとかその場を切り抜けようとする。
「こ、こんなの……無理……!」
クラリスは必死に防御魔法を張り、炎からアンジーを守る。
「アンジー!!」
シュネは氷の矢を放つが――燃え盛る炎に、氷は無力に消されていった。
フェニックスは格下を嘲笑っていた。
逃げ惑う生徒に容赦なく炎を吐き出そうと口を大きく広げる。
「くそ……ライカ!!急いで、他の生徒を避難させるぞ!!」
「あたしらが戻ってくるまで、持ってくれよ…」
シュネは素早く判断し、ライカと共に周囲の生徒を守りながら後退していく。
残されたのは、アンジー、クラリス、そしてディーン。
「アンジー……これはただの召喚魔法やないで…説明してもらわんと。なに使ぅた?」
ディーンの声は険しい。
「わ、私……ただ、配られた紙の魔法陣を使っただけで……!なにも…」
「これはな…反逆の召喚魔法や……誰かが既に契約している召喚獣をを無理やり引っぺがそうとしている。そういう魔法やで」
「そ、そんな……」
「どこで覚えてきたん?」
「わか…りません」
アンジーは首を横に振るしかなかった。
「フェニックスを戻す方法は三つある。契約者本人をここに引きずり出すか、召喚した本人が死ぬか……あるいは、フェニックスを打ち倒して契約を奪うか、や」
「無理よ! フェニックスは不死鳥……神に等しい存在だもの!」
クラリスの叫びが響く。
「じゃあ、どないせぇっちゅーねん。アンジー、まさかこの学園を取り壊そうとしてるんか?!」
「そんなこと…」
「アンジーさんがそんなこと考えるはずないでしょ!」
その時だった。
フェニックスが大口を開き、アンジーを狙って死の炎を吐きかける。
もはや逃げ場はない。
「恨みっこなしやで。アンジー…わいらのために死んでくれ」
ディーンは教師としてあるまじき発言をする。
ああ、もう終わりか。
自分が犠牲になるしかないのか…
アンジーは涙を一つ頬に流しながら、瞳をつぶる。
「……灰より還れ、再生の火鳥よ」
諦めかけたその瞬間、けだるそうな声が、空気を裂いて響いた。
聞いたことのある声。
ああ、この声…思い出した。
試験の時に、アンジーの脳内に響いた声だ。
「彼は…」
その声を聞いたフェニックスの動きは止まり、まるで子猫のように大人しくなる。
フェニックスは凶暴性を失い、みるみる内に小さくなり、人の肩に乗れるほど…可愛いらしい鳥の姿に戻った。
そして主の命令に従うように、すうっと消えていった。
辺りの炎は消えた。
そして、そこに立っていたのは、赤とオレンジの入り混じる髪。
燃えるような瞳。
だがその瞳は異常なまでの無機質を宿していた。
「ニース……!?」
クラリスが目を見開いた。
少年は、まるで興味がないとでも言うように首を傾げる。
「この子に、何か用?」
「ちょ、ちょっとニース!? どういうことよ! 今のフェニックス、あんたの召喚獣なの!?」
クラリスは詰め寄る。
ニースと呼ばれた少年は、素直に頷いた。
「……フェニックス…うん、そう。アウロラと契約したんだ」
「いつ? どこで? 誰と!? 説明しなさい!」
「細かいことはあとでいい?忙しいんだ」
「忙しいってあんた…授業サボって本読んでるだけでしょ!!!」
そう言い残し、ニースはクラリスの追及から逃れるように移動魔法で姿を消した。
「あーっ!待ちなさい、ニース!!」
クラリスも慌てて、移動魔法で追いかけていく。
残されたのは、ディーンとアンジー。
静まり返った空気の中、ディーンが小さく息を吐いた。
「……アンジー。あとで色々と話そうか。クラリス先生も一緒にな」
「……はい」
「今日は寮に戻ってお休みや。混乱しとるやろ。そんでもって、君の処分は後ほど」
そう言うディーンの声が、妙に冷たく…重たく聞こえた。
アンジーは反論せず、ただ小さく頷くことしかできなかった。




