第33話:それぞれの契約、そして目覚める異端
Sクラスの生徒たちの緊張が静かに満ちていた。
指導教員のクラリスは前に立ち、集まった生徒たちに注意事項を説明する。
「もう一度言うわよ。みんなに配った魔法陣の紙の上に、魔法石を置いて。次に詠唱ね。『我と共にあれ、召喚獣よ』だからね!」
クラリスは手本を見せるように、手のひらを魔法陣の上でかざす。
「目を閉じて、魔石に魔力を注ぎ込む。そうすると、その魔力に引かれた魔物が、魔法陣から姿を現すの」
アンジーは胸の奥がふわりと膨らんだ。
どんな魔獣が呼び出されるのだろう。
最近は魔力も安定してきたし、自分の限界を超えてみたい――そんな衝動すら感じていた。
「ただし!」
クラリスの鋭い声が生徒たちの気を引き締めた。
「あなたたちはまだ未熟。必ず、私の前でやること。命令を無視する生徒は…即・退学!」
その言葉に、生徒たちがゴクリと喉を鳴らす。
「じゃ、さっそくやってみましょ。シュネ君、前に来て」
「はい」
名前を呼ばれたシュネは静かに前へ進む。
「シュネ君は1年生だけど優等生だから、魔法使用許可が出ている。本来であれば杖の魔法石が媒体となって、こんな空白の魔法石は必要ないんだけど…今日はお手本になって欲しいから、いいかしら?」
「もちろんです」
クラリスから魔法石を受け取り、ゆっくりと深呼吸する。
生徒たちが固唾を飲む中、彼は落ち着いた声で詠唱した。
「我と共にあれ、召喚獣よ」
魔石が彼の魔力に呼応して淡く輝き始める。氷のように透き通った光が走り、魔法陣が青白く光を放った。
次の瞬間、氷の結晶を纏った銀の龍――氷竜がするりと姿を現した。
「わあ…」
教室中が、その神秘的な美しさに魅了される。
「氷竜ね。あなたにぴったり」
クラリスが満足げに頷くと、シュネは龍に問いかける。
「俺と共に来てくれるか?」
氷竜は静かに目を閉じ、深く首を下げた。契約は完了だ。
「契約成立。よくやったわ、シュネ君」
「さすがシュネ様ーー!!」
その場の空気を壊すように、レイナの黄色い悲鳴が響いた。
彼女はアンジーに思いっきりぶつかりながら前に出てくる。
アンジーは前のめりで地面に手をついた。
その拍子に持っていた魔法陣が書かれた紙も落としてしまう。
「あら、ごめんあそばせぇ。地面がお似合いよ、アンジーさん」
わざとらしく笑うと、落ちた魔法陣の紙を拾ってアンジーに返す。
「あら、落ちちゃったのね~。はい、気をつけなさいよ」
「え…」
アンジーは驚きながらも「ありがとうございます」と受け取った。
だがレイナはすぐにシュネの元へ駆け寄り――
「シュネ様に似た、美しい魔獣ですね〜きゃあ!」
氷竜が鋭く唸り、彼女の手に牙を剥いた。
「こ、怖いですわ〜〜」
シュネに抱きつこうとしたレイナを、シュネは冷静にかわし、氷竜とともに睨みを効かせる。
彼女は再度「怖いですわ~、おほほ」と言いながら、青ざめて後退していった。
「大丈夫か?」
心配そうに近づくライカに、アンジーは笑顔で応える。
「はい、大丈夫です」
「それにしても気味の悪い優しさだな。変なことされなかったか?」
「いえ、特には…」
身体周辺に異変がないか確認するが、特に傷もない。
あるとしても土汚れ程度だった。
「次は誰にしましょうか〜?」
クラリスの声に、生徒たちが一斉に手を挙げ始めた。シュネの成功が、緊張を解いたのだ。
シュネは氷竜を連れてアンジーとライカの元にやってくる。
「そばで見ると…ガラスみたいで綺麗ですね」
「触れてみるといい」
「え、でもレイナさんが…」
「アンジーは天使だ。きっと受け入れてくれる」
おそるおそる氷竜に触れたアンジーの指先に、ひんやりとした感触が伝わる。
「わ、冷たい…けど、きれい」
氷竜は嬉しそうに頬を擦り寄せてきた。
「ふふ、くすぐったいです」
その様子に、シュネは小さく呟く。
「絵になるな…」
「知ってるか?魔獣は主の心を映すってな。つまり、あれはお前の…」
「黙れ」
冷たい視線で睨まれたライカは、肩をすくめてその場を離れた。
そして、自分の番になったライカは――雷を纏う黒曜石の虎、バルグラードを召喚する。
「我が名はバルグラード。雷獣の化身なり」
「しゃ、喋った!?」
荘厳で獰猛な雰囲気に、生徒たちの背筋が伸びる。
「ふぅむ…お前…なるほど。我が主よ、闇は忌むべきものではないぞ」
「…あ?てめぇに何がわかんだよ」
ライカは臆することなく睨みつける。
「お前は黙ってついてくりゃいいんだよ」
「ほう、今回の主人は中々面白いな」
契約は静かに、しかし堂々と成立した。
「こわいです…でも、ちょっとかっこいいかも…」
アンジーはその光景を見ながら、少しだけ不安を覚える。
(私に…あんなすごい魔獣、呼べるのでしょうか…)
そんな思いとは裏腹に、ついに自分の番がやってきた。
「アンジーさん、あなたで最後よ!」
「あ…はい…!」
クラリスに呼ばれ、アンジーはスカートを整えながら一歩を踏み出す。
「うー…緊張します!!」
「覚悟を決めるしかないようだな」
「ですね…。すいません、ちょっと…これ、持っててください」
シュネに紙を渡し、アンジーは自分の頬を軽くはたいた。
「よし、行ってきます!」
紙を受け取ったシュネは、ふと魔法陣の一部に目を留める。
何かが…違う?
「ちょっと待て、アンジー!」
だが、その声が届く前に――
「我と共にあれ、召喚獣よ」
アンジーはクラリスから魔石を受け取り、自身の魔力を流し込んでいた。
魔石が、赤黒く脈動を始める。
どくん――
まるで心臓のように。どろり、と血のような色が溢れ出した。
それは、何かが”呼ばれた”証だった。




