第32話: 召喚魔法、いざ発動!
今日は、待ちに待った校外授業の日だった。
学年の全生徒が広間に集まり、なんと、そこで<召喚魔法>が体験できるらしい。
召喚した魔物と契約し、術者として一人前になるための大事な一歩。
アンジーも、この日を指折り数えて楽しみにしていた。
「シュネ様は、どんな魔物と契約したいですか?」
わいわいと広間に集う生徒たちも、同じ話題で盛り上がっている。
「うーん、俺は氷魔法が得意だからな。氷系を補助してくれるような“機能性”重視かな」
「き、機能面……!なるほど、そういう考え方もあるんですね」
そうか、性能で選ぶというのもあるのか、とアンジーは一つ学びを得る。
するとシュネがふと、何かを思い出したように口を開いた。
「ああ、そうだ。アンジー」
「はい、なんでしょうか、シュネ様」
「……その“シュネ様”って呼び方、ずっと気になってた」
「えっ?」
「ここは全員が平等なのだろう? ならば、“様”ってのはおかしい。もっとフランクに呼んで欲しい」
「で、ですが……」
「“シュネ”と呼んでくれ、ぜひ」
「呼び慣れておりますし……」
「ん?」
シュネがぐっと顔を近づける。
思わずアンジーの顔が真っ赤になる。
勇気を振り絞って、でもほんの小さな声で──
「しゅ……シュネ……さん」
シュネはほんの少し間を置いてから、微かにうなずいた。
「……うん……」
言わせた本人が、赤くなってるのは反則である。
だが、そこに空気を読まず割り込んできたのは、ライカだった。
「おい、あたしにも聞けよ」
ニヤニヤしながらシュネの脇腹を肘で小突く。
「お前には最初から敬意が備わってないだろ」
「けっ、つまんねーやつ」
「はいはい、おしゃべりはそこまでね〜」
そんな3人の後ろに現れたのはクラリス先生。
「あれ?せんせー、なんでこんなとこにいんの? 担任は前だろ」
「敬語使おうね、ライカさん?」
笑顔だけど、口元はぴきぴきしていた。
「先生は召喚魔法の担当ではありませんもんね」
「おっ、さすが勤勉なアンジーさん。よく知ってるわね」
「はい! 皆さんに早く追いつきたくて、学校のことは色々と調べました!」
まるで当然のことのように言うアンジー。
だが、その情報量にシュネもライカも口をぽかんと開ける。
「クラリス先生の得意魔法は風属性。基礎魔法の達人。生徒思いで、教師歴は5年目。親しみやすく、生徒からの人気も高い……ちなみに、その前はレストランで働かれてたんですよね?」
「え、ええ……そうよ」
どこから調べたの!?と内心動揺するクラリス。
「じゃあ、アンジーさん。召喚魔法の先生については?」
クラリスに促され、アンジーが目を向けると──
細目の男性教師が中央に立っていた。
長い灰色の髪を後ろで結び、背後には顔だけの巨大な石像がゴロゴロ転がっている。
「あの方はディーン・レブロン先生。契約している魔物は《ゴゴン・ロロロ》。古代の守護神とされています」
「さっすが……ほんと、よく知ってるわね……」
ゴゴンは表情をころころと変えるが、笑っていても口は閉じたままだ。
(どこから情報を得たのかしら…)
クラリスが冷や汗を流す中、ディーンじゃ生徒と教師の顔をぐるりと見回し、にやりと笑う。
「それじゃ、さっそく始めよか。召喚魔法の授業、開幕やで」
ざわめく広間。ディーンは教科書を開くよう指示を出した。
「ええか。召喚魔法は、これからの人生を左右する大事なもんや。魔物と契約すれば、君らは“主人”になる。ただし、契約は一人一。しかも魔物との契約は容易ではないで。代償なしに力を貸してくれるもんやない」
そう言うと、ディーンは後ろのゴゴンをこんこんと叩く。
「ちなみに、わいの代償は“今日のギャグ運”や。この子を使うと、1日なーんも面白いこと言えんようになる」
「それって……強いんですか?」
笑いを堪えつつ、ある生徒が問う。
「……ほぉ。わいにケンカ売るんか?」
ディーンの目がすっと細くなる。
『おもろしきことなき世を、おもしろく──』
その瞬間、ゴゴンの動きがぴたりと止まる。
突如、ドォン!とその顔がその生徒の目の前に現れた。
口が、ゆっくりと開く。
──中には、何もない。
光も、音も、終わりもない虚無。
「ほい、すとーっぷ」
と、ディーンが軽く言うと、ゴゴンはすぐに口を閉じる。
「十分か?」
生徒は真っ青になって、無言で首を縦に振った。
「よし。ほな説明にもどろか〜」
ディーンは笑いながら生徒を起こし、胸元からカードを数枚取り出す。
「今から、魔法陣の書かれた紙を渡すから、それを使って最適な魔物を召喚してや。担任の先生方が持ってるで、受け取りにいき。そんでもってー…」
「ゴゴン」
ディーンの掛け声に応じて、ゴゴンが震える。
すると、透明な石がボロボロと出てくる。
「これは魔導石。力はないけど、君らの魔力を注げば魔物が反応して召喚される。つまり、これは“エサ”や」
魔法陣が釣り竿なら、この魔導石がエサ。
好みの魔力に釣られた魔物が現れ、契約、そして信頼関係を築いていくのだ。
「それじゃ、Sクラスのみんな〜。紙配るから、隣の人に回してねー」
クラリスが一人一人に魔法陣の描かれた紙を手渡していき、アンジーもそれを受け取る。
だが、彼女はまだ知らなかった。
この召喚魔法によって──
彼女自身が、“とんでもない事件”に巻き込まれてしまうことを。




