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第30話: 魔法学校、浮遊の門が開く!

入学初日。

魔法学校は、常に空の上を漂う浮遊島のような存在だ。

この日、新入生たちは地上の指定地点に集合し、そこから一斉に転移で校舎へ向かう。


「……大丈夫、大丈夫です……」


アンジーはクラリスから預かった魔女の帽子をぎゅっと握りしめた。

帽子のつばから、ちょっとだけ手汗がにじむ。


「緊張しなくても大丈夫だ。それに俺たちもいる」


「そうそう。どうせみーーんな一緒だ。気楽に楽しもうぜ~」


緊張するアンジーにシュネとライカは優しく語りかけた。

ライカはやけにハイだった。

おそらく彼女も彼女なりに緊張しているのだろう。

アンジーはふぅ…と小さく息をもらし、震える手の緊張をやわらげようとする。

が、次の瞬間、足元の魔法陣が眩しく光り――視界が一瞬でひらける。


「……え?」


急に飛ばされたそこは、広々とした教室だった。

緊張する間もなく飛ばされた。

教室の中央には教壇があり、上からはステンドグラスのきらきらとした七色が降り注ぐ。その教壇をぐるりと囲むように生徒が座るであろう机が整列されていた。


(ここが…私たちの学ぶ場所…!)


慌てて私物の入った鞄を床に置くと、すぐ後ろからライカとシュネも転移されてきた。


「お、おぉ!?…いきなりかよ!」


「早速教室か…」


ざっと見回すと、ここに飛ばされてきたのは二十人ほど。


「!!」


アンジーは思わず息を呑む。


「……レイナ……様?」


そこには、かつての主人レイナ・カルディアの姿があった。

試験を受けたのは知っていたが…まさか、自分と同じクラスになるとは思っていなかった。

アンジーはとっさに視線を外す。

だが、レイナはずんずんとアンジーめがけて進んでくる。

そして………レイナはアンジーを完全スルーして、笑顔全開でシュネに向かって突撃しようとした。

それもそのはず。

あの時の茶髪でそばかすのアンジーはもういない。

金髪の少女にレイナは見覚えがない。


「シュネ様ぁ~!お会いするのを楽しみにしておりました!!!」


……が、その行く手をライカがさっと塞ぐ。


「はいストップ、お嬢さん。距離感な?」


レイナは一歩引き、舌打ちしそうな顔を隠した。


「墨黒が…偉そうに…」


その空気を切り裂くように、クラリスが転移魔法でやってくる。


「はーい、全員揃ったわね!座って座って!」


アンジーは慌ててクラリスの元へ駆け寄る。


「この間はありがとうございました! 今日からよろしくお願いします!」


帽子を返すと、クラリスは微笑んだ。


「わざわざありがとう。……それと、その耳飾り、似合ってるじゃない」


アンジーはガラスにもらった耳飾りをそっと触り、嬉しそうに頷いた。


***


アンジーの席はシュネとライカの間だった。

魔法試験で組んだ三人が隣になるようになっているようだ。

遠くでレイナが恨めしそうにこちらを睨んでいた。

クラリスは全員を見回して生徒の数を数える。

一回でいいはずだが、クラリスは何度か数えて、更に名簿で一人一人の顔と名前を確認した。


「あー……やっぱりアイツか……」


クラリスはアンジーに渡された帽子を被り直し、小さな舌打ちをした。

その後、すぐに気分を改めてみんなに向き直る。


「さて、今日からあなたたちの担任になったクラリスよ。よろしく!」


軽く自己紹介を済ませると、この学校のルールを説明しはじめた。


「この学校に来たからには守らなくちゃいけないルールがあるわ。

まずは一つ目、一年生は魔法使用に教師の許可が必要よ。魔法の杖も基本的には渡されません。初心者が魔法を扱うのは危険だからね。こちらで管理させてもらうわ。

そして、二つ目…これが一番重要。魔法学校では魔力を持つだけで一流よ。ここでは身分も派閥も関係なく、全員平等。いいこと?」


ごほんと、軽く咳をしてクラリスは小さくウィンクする。


「ま、簡単に言えば、変なマウントは禁止ってことね」


説明を終えると、クラリスは杖を取り出す。木で出来た手のひらサイズの小さな杖だ。


「それじゃあ、今度はみんなの寮に移動しましょうか」


転移魔法の魔法陣が床に現れると、教室中の皆が一瞬で教室から消える。


***


着いたのは広い談話室。壁一面の本棚、魔法書やゲーム、ダーツまである。

その談話室からはただ延々と並ぶドアの廊下があった。


「あなたたちの部屋よ。ドアに名前が書いてあるでしょ?自分の名前のドアに自身の魔力を通せば開くわ」


「は??狭くね?ドアの隣がドアじゃん」


「いいから、開けてみなさい」


ライカがぶつぶつ文句を言いながら自分の部屋を開けてみると――


「……おぉ、広っ!」


キングサイズのベッド、豪華な装飾、バスルームまで完備。


「これが魔法の力。全室に空間魔法が仕込まれてるの」


クラリスが「すごいでしょ」と少し鼻息を荒げて説明した。


「それじゃあ、各自、自室に私物を入れてきなさい。それと、部屋の中に事前に送られてきている教科書が全部そろっているか確認してくるように!」


生徒たちがばらばらと自室に向かうが、アンジーは談話室の上に続く階段の先にある一室が気になった。


「あの部屋、なんですか?」


「あれは特待生の部屋よ。一番成績のいい人が使うの」


「じゃあシュネじゃん?」


「いや、俺の名前はあそこにあるぞ」


ライカは茶化すが、シュネの返答に驚いた表情を見せた。

「え、こいつより頭良いやついんの?」


「………そう、そこで相談があるの」


クラリスは声を落とし、三人だけに聞こえるように言った。


「実は……新入生代表の挨拶、シュネ君にやってほしいの」


「は?それ普通、一番の優等生がやるもんじゃねーの?それこそ、特待生の仕事じゃねーか」

ライカが苦言を言うが、クラリスは苦笑いで続ける。


「その一番が……屁理屈ばっかで、引きずり出すのが面倒くさいのよ。だから代理でお願いしたいの」


シュネは顎に手を当てて少し考える。


「メリットをください。俺に偽りの優等生を演じさせるのにメリットがなさすぎる。それに代行してあげる当人が来ないのもおかしいですよね?」


「そうよね…会わせたいのも山々なんだけど、面倒な事情があって…まあ、その内…。うーん、メリットね、そう…あ!」


どうもその堅物に会わせられないようだった。

しばらく考えた後、クラリスはシュネにメリットを提示する。


「じゃあ、一年生だけど学校内で自由に魔法を使っていいように校長に許可取ってあげる」


「なるほど………それは便利ですね」


シュネは即答で承諾する。


「確かに、学年一位くらいの優等生なら付与されて当たり前の条件だよな」


ライカはその提案が妥当だと、深くうなずいた。


「じゃあ、早速だけど今から新入生挨拶があるから、準備してくれない?」


「早速…扱いが荒いですね」


シュネは無茶ぶりに冷静に答えようと、顔を取り繕った。


***


入学式は、校舎の中心部にある「大講堂」で行われた。

天井は星空みたいに光り輝き、魔法で作られた風がゆっくり流れている。

数百人の新入生と、上級生、教師たちがずらっと並ぶその光景に、アンジーは思わず口をぽかんと開けた。


「すごいです……天井まで魔法が……」


「よそ見してると、転ぶぞ」


横のライカに小声で突っ込まれ、アンジーは慌てて背筋を伸ばす。

式の途中、壇上のクラリスがマイクのような拡声魔具を手に取った。


「では――新入生代表、シュネ・シュトゥルム君」


会場がざわめく。

名前を聞いた瞬間、前列の女子たちが「きゃー」と小さく悲鳴をあげた。

ライカは「うるせー声だな。そう思わねーか、アンジー」と茶化すので、アンジーは苦笑いで返事をした。

いつものシュネだが、腰のあたりから、白い杖がささっていた。持ち手には水色の魔法石が散りばめられている。


「あ、あいつ…もう魔法使用許可もらえたんだな」


目ざといライカ。


「杖があれば魔法がいつでも使えますもんね」


「あたしらは来年」


「ですね」


壇上に上がったシュネは、貴族らしい完璧な礼をしてから、淡々と話し始めた。

数十分前に依頼されたばかりだというのに、まるでずっと前から準備してきたような文章。

シュネの堂々とした態度にアンジーは驚愕した。


「本日、我々新入生はこの学び舎に集い、魔法の探求と研鑽を誓います。

 この学校は、身分も家柄も問わず、魔力を持つすべての者に平等な場所。

 ならばこそ――私たちは互いを認め、切磋琢磨し、己を磨く義務があります」


声は低く、よく通る。

会場の空気が少し引き締まったのをアンジーも感じた。


「……最後に」


シュネは一瞬、アンジーの方をちらりと見た気がした。


「魔法とは力であり、同時に責任です。力を正しく使う者こそ、真の魔法使いだと――私は思います」


深く一礼して降壇すると、会場から大きな拍手が起こる。


「……かっこいい、ですね」


「……うざいくらいキマってんな」


アンジーはその背を黙って見つめ、ほんのわずかに唇を引き結んだ。

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