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第27話: スラッジ家へようこそ

マチルダの家を後にした三人は、そのままスラッジ家を目指して馬車を進めていた。

あの家まででも時間がかかったが、アンジーの故郷——森の奥にあるスラッジ家まではさらに遠い。

おそらくシュネの屋敷に戻るころには、とっぷり日が沈んでいるだろう。


「さあ、いよいよ天使のご両親にご挨拶か」


「……お前が言うと違う意味に聞こえるな」


「違う意味…ですか?」


首をかしげるアンジーに、ライカは小声で「気にすんな」とだけ伝えた。

シュネは馬車がゆるやかに進むのを確認すると、身なりを簡単に整え始める。


「懐かしいです」


そう呟いたアンジーの瞳は、すでに森の入り口を見つめていた。

やがて馬が止まり、三人は馬車から降り立つ。

そこは昼間にもかかわらず、少し薄暗い森。

貴族育ちのシュネには初めて見る光景だろう。


「そうなんだよ。最初来たときはびっくりした」


「そうなんです、ライカさん、よくご存じで」


「ああ、一度来てるからな」


ライカは以前、アンジーの義祖父母のもとを訪ね、彼女の行く末や薬・医者の手配をしたことがあった。


「この森が薄暗く見えるのは、おじいさんの結界のせいなんです」


アンジーが森に一歩足を踏み入れると——景色が一変した。

暗がりは消え、柔らかな陽光が差し込む細道が現れる。

木々は道を避けるようにすっと消え去っていく。


「対魔物用だと、おじいさんは言っていました。人間なら入るのは簡単なんです」


その時、魔力で形作られた小鳥がひらりと舞い降り、アンジーの頭に乗った。


「ただいま帰りました、おばあさん」


小鳥は嬉しそうにくるくるとアンジーの周りを回り、すっと消える。

森を抜けると、ようやくスラッジ家が見えてきた。

玄関前では、おじいさんとおばあさんがアンジーを迎えるために手を振っている。

アンジーはその姿を見るなり、思わず走り出した。


「おじいさん!おばあさん!ただいまです!」


「「おかえり、アンジー」」


二人は両腕を広げ、彼女を優しく抱きしめた。


「大変だったって聞いたけど、無事でよかった」


「私なんて大したことないんです。それよりお二人こそ…」


「老いぼれの心配なんていいんだ」


抱擁が終わると、二人は後ろに立つシュネとライカへ頭を下げる。


「娘が…アンジーがお世話になりました」


「狭い家だが、歓迎する」


貴族のシュネが頭を下げ、ライカもそれに倣う。


***


室内は木のぬくもりにあふれ、テーブルには干し果物を浮かべた香り高い紅茶が並ぶ。


「改めて…ライカ・カミツケです」


「シュネ・シュトゥルムだ」


「俺はガレス・スラッジだ」


「セリーヌ・スラッジよ。薬の手配をありがとう、優しい黒髪のお嬢さん」


「え…お、おぅ…」


男装をしている自分を一目で「お嬢さん」と見抜かれ、ライカは驚く。


「良かったな、女と認識されて」


「別にうれしかねーよ」


「ふふ…おじいさんと似てるわね。外と中で考えていることが違う」


そう言って、セリーヌは「あら、失礼」と口をつぐむ。


「お二人の能力は聞いています。結界魔法の使い手・ガレスさんと、読心魔法の使い手・セリーヌさん」


「小僧」


ガレスは貴族の次期当主であるシュネを前にしても、全く引かない。


「先に言っておく。アンジーは渡さんぞ」


「そうですか」


淡々と返すシュネ。

その空気に、アンジーはおろおろする。


「それよりも——眼鏡はどうした」


「あっ…魔法学校の試験中になくしてしまいました」


「試験?」


「魔法学校?」


唐突な言葉に、二人は顔を見合わせる。


「どういうこと?」


「説明しろ」


「あ…あぁ…どこから説明したらよいのやら…」


アンジーはスラッジ家を出てから今日までの経緯を、事細かに語った。


話が終わるころには日が傾き、心配性の二人の質問でさらに時間が過ぎていた。


「ちょっと待ってろ」


ガレスは戸棚を探り、小さな木箱を机に置く。


「開けてみろ」


中には緑色の小さなイヤリング。


「お前が出来るだけお前らしくいられるように作った」


「つけてみるといいわ」


セリーヌに促され、アンジーは耳につける。

すると、とがった耳がみるみる丸くなり、完全に人間の耳へと変わった。


「すごい…!ありがとうございます!」


アンジーはガレスをぎゅっと抱きしめる。


「感謝を言われるほどのことはしていない」


「そんなことは…!!」


「そうですよね……アンジーの記憶のことを、いつまでも黙っていられませんよね」


唐突に口を開いたのはシュネだった。

空気が一瞬で張り詰める。


「記憶…?どういうことですか?」


セリーヌは一呼吸置き、静かに言った。


「ご存知でしたか…」


「もちろんです。アンジーの魔力の不安定な揺らぎを感じれば分かります。あなたたちがアンジーにちょっとした細工をほどこしたんでしょう?」


「おじいさん…おばあさん…」


不安そうに二人を見るアンジーにセリーヌは優しく笑いかける。


「大丈夫よ。話すと長くなるわ。今日は泊まっていきなさい」


「お泊りですか?!……そ、それは」


「もちろん、そのつもりで来ました」


アンジーはためらったが、シュネは何のためらいもなく頷いた。

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