第24話:試験終了!でも波乱はこれから…?
浮遊迷宮の空がゆっくりと薄明るくなり、天から差し込む光が迷宮全体を包み込んでいた。
アンジー、シュネ、ライカの三人は、同時に光の中心に足を踏み入れる。
そこには、試験のゴールと、金色の紋章が刻まれた魔法陣が静かに浮かんでいた。
魔法陣が反応し、穏やかな音色が空間に広がった。
たどり着いた先は、堂々とそびえたつ城のような建物だった。
「これが…魔法学校」
あまりの重厚感にアンジーはごくりと唾をのむ。
「おめでとう。あなたたちは、見事この試練を突破したわ」
落ち着いた声が、アンジーたちに話しかける。
現れたのは、一人の女性。
深い藍色のローブに、魔女の帽子。
肩まで伸びるストレートの栗毛の髪。
眼鏡越しに覗く緑の瞳は、知性と優しさ、そして芯のある厳しさを湛えていた。
「私はクラリス・ルクレール。Sクラス1年生担任を務める者よ」
彼女は静かに一礼し、にこりと笑った。
「……そして、あなたたちは文句なしの、Sクラス合格。あなたたちの魔力、判断力、そして連携……どれも素晴らしかったわ。久々に、心躍ったわよ」
ふふっと笑うクラリス。
「これで満足したかしら?アルトゥル様」
「…!」
クラリスの後ろから厳つい顔をしたシュネの父が出てきた。
シュネは父の姿に身構える……が、
「………シュネ、あとその他二人…帰ったら話がある」
アルトゥルはそれだけ言い残すと、転移魔法でしゅん!と消えてしまった。
なんだったのか…何を言いたいのか…
シュネは予想外の出来事に肩透かしをくらった。
一方のクラリスはアルトゥルを「さようならー」と手を振りながら見送る。
まるで面倒事に関わりたくないというほどのあっさり感だ。
そして、くるりと回転し3人と向き直る。
「まだまだ何かありそうだけど、きっと大丈夫よ…と」
アンジーとクラリスの目がばっちりと会う。
彼女は小さく目を丸くした。
「あら、あなた……嘘…エルフ……なの?」
クラリスが、ぽつりとそう呟いた瞬間、アンジーの表情が凍りついた。
その視線の先には、彼女の頭の左右から覗く、ほんのわずかなとがっている耳。
「あ…!…眼鏡、ありません……!」
アンジーは思わず頬に触れ、眼鏡を失ったことに気づく。
(そうでした…。あの時、勢いあまって投げてしまいました!!)
焦ったように髪を両手で整え、耳を隠そうとするその手を、クラリスがそっと止めた。
「そのままで、いいのよ。……でも、まだ世界は優しくないものね」
そう言って、クラリスは自分の被っていた魔女の帽子を外し、アンジーの頭へと被せた。
「似合ってるわ、可愛い帽子でしょ?」
「……ありがとうございます……」
「入学式の時に、返してね」
アンジーの頬がほんのり赤く染まり、帽子のつばの影に隠れた。
――そのとき。
三人の背後で、空間が波打つように揺れた。
次々と、他の受験者たちが迷宮から戻ってきたのだ。
皆、ようやくたどり着いたことに安堵していた。
「みんな、合格よ。おめでとう」
クラリスは他の受験者たちの同行も全て見ていたようで、一人一人にクラスを割り当てていった。
そして、クラリスがちらりと学校の時計を見上げた時…見覚えのある少女が姿を現す。
「ちょっと待ちなさーい!!」
勢いよく、ヒールの音を鳴らしながら現れたのは――レイナ・カルティエ。
アンジーは、反射的に身構えた。
まさか、彼女も受験していたなんて――。
「ふうっ……間に合った……!」
ぜぇぜぇと息を切らしながらも、レイナはすぐに周囲を見渡し、
そして――シュネの姿を見つけるやいなや、猫なで声で駆け寄った。
「シュネ様ぁ〜♡ お疲れさまでしたぁ。まさかこんなところでお会いできるなんてぇ〜」
「……誰だ?」
無表情で返すシュネに、空気が凍る。
レイナは一瞬で顔を引きつらせたが、すぐに作り笑いを浮かべて切り替えた。
「またまた~ご冗談を。”あなた”のレイナです。夜会に呼んでいただいたではないですか!あの…私の元従者のメイドは元気にしていますか~?えーっと、アジーナ!そう、アジーナ!」
「知らん」
シュネはレイナに視線を合わせることなく、最低限の言葉を返す。
元従者のアンジーの名前もまともに覚えていない人間だとは思わなかった。
アンジーは目をぱちくりさせながら、シュネの背後に隠れる。
「ま、まぁ、学校生活は長いですもの……。"末永く"仲良くしていただければ♡」
そう言い残して、高飛車な足取りで去っていった。
「本当に…誰だ?」
「あいつと一緒かよ……気持ち悪ぃな」
シュネとライカの呟きが、やけにシンクロしていた。
「な、アンジー。そう思わねぇか?」
「えっと…」
アンジーが返答に迷っていると、やがて、鐘が鳴る。
金属の音が、澄んだ音色で辺りに響き渡る。
それは、試験終了の合図だった。
クラリスが振り返り、魔力を込めると、魔法学校の入口にあった大扉がゆっくりと閉じ始めた。
「これで、今年の試験は全て終了。……次にこの門をくぐるのは、一か月後よ」
クラリスは三人の顔を順に見た。
「それまで、ゆっくり羽を伸ばしなさい。そして、自分自身と向き合って。
ここからが本当の始まり――。これから忙しくなるんだから、楽しみにしていてね」
緑の瞳が静かに、しかし確かに、三人の未来を見つめていた。
空はもう、夜明けを迎えようとしていた。




