第20話:空に浮かぶ試練の門
試験当日──。
朝靄に包まれた魔法学園の広場には、すでに多くの受験者たちが集っていた。
貴族の子女も、遠方からやってきた庶民の生徒も、それぞれ緊張の面持ちで空を仰いでいる。
天空には、巨大な魔法陣がゆっくりと輝きを増していた。
幾重にも重なる魔紋が回転し、渦を巻きながら光の扉を開く。
そして、その先に──異形の迷宮が姿を現す。
空中迷宮。
浮遊する無数の足場、蜃気楼のように揺れる構造物。
空間は歪み、上下左右の感覚すら曖昧になる、まさに“試練の門”。
「……あれを登れってかよ」
ライカがあきれたように呟いた。
「すごい……まるで天空の塔みたい……」
アンジーがぽかんと見上げる。
「感心している暇はない。三人一組で登録されている。名前が呼ばれたら転送だ」
冷静な声で、シュネが現実に引き戻す。
その言葉と同時に、空から試験官の声が響き渡った。
「エントリーナンバー・021。シュトゥルム、ライカ、アンジー──転送開始」
光に包まれた瞬間、三人の身体はふわりと浮かび、次の瞬間には、迷宮の最初の足場の上に立っていた。
「──うわ、高っ!!」
遥か下には地面が見え、足元の足場は不安定に揺れている。
先に広がるのは、空中に散らばる複雑な構造物。
宙に浮かぶ石板が、試験のルールを告げた。
〈試験内容〉
三名一組で迷宮を突破せよ。
途中脱落は失格。
尚、魔力使用には上限が設定されている。
過剰使用時は強制脱出となることを留意せよ。
「つまり、誰か一人でも脱落したらアウトってことか」
「魔力制限まで……これはかなり厳しいですね」
ライカとアンジーが顔を見合わせる。
「だが、逆に言えば、力任せでは突破できない。知恵と連携、そして運も問われるだろう」
シュネの目が鋭く細められた。
「行くぞ。無駄口はここまでだ」
三人は息を合わせ、最初の足場へ跳躍する。
足場がぐらりと揺れ、すぐに次の構造が浮かび上がる。
「ライカ、右! 足場が崩れるぞ!」
「チッ、サンキュ!」
ライカが俊敏に飛び移り、魔法の補助で体勢を立て直す。
「わ、わたしは……どうすれば……」
「アンジー、足場の模様をよく見てみろ。いい機会だ、自分で考えてみるといい」
「え、えっと……」
「ちょっ、あたしは!?」
アンジーが困惑している間にも、ライカは鹿のように次々と足場を渡っていく。
「落ち着いて。魔力の流れで、安定している箇所がわかるはずだ」
「……あっ、これ……! 線が光ってる!」
「そう、正解だ。じゃあ──手を貸そうか」
シュネはさっと手を差し出し、アンジーを優雅にエスコートする。
二人が一緒に足場に着地した瞬間、光が広がり、新たなルートが開かれた。
「なんかあたしと対応違くね?」
「そうか? 普段通りだが」
涼しい顔で返しながら、シュネは華麗に二人を導く。
「悠長にしてる暇はないぞ。次に進むぞ」
「お前が一番悠長だったけどな! 甘々すぎんだよ、この贔屓貴族が!」
***
迷宮の中層──。
三人はすでに十数の足場を越え、空間の深部へと踏み込んでいた。
空は赤く染まり、遠くで他の受験者たちが脱落していく光が見える。
「思ったより……体力も消耗する……」
「魔力圧も上がってる。普通の奴ならもう吐いてる」
ライカが肩で息をしながら言う。
だが、シュネの目は前方の異変に釘付けだった。
「それに…“選別”はもう始まっているようだな」
その言葉を裏付けるように、迷宮中央に浮かぶドーム状の構造が、赤黒く脈動を始めた。
「っ、魔力の揺らぎ……!?」
ゴウッ──!
突如、凍てつく氷の壁が三人の前に現れる。
魔力の放出源は見えず、尋常ではない圧力に空気が軋む。
「なんだよ、これ!?」
「………おおよその検討は、ついている」
──“そう簡単に、合格できると思うなよ”
それは、シュネの脳裏に残る父の言葉。
試験の背後に、彼の影を感じ取る。
「妨害か……まったく陳腐だ」
そのとき、誰にも聞こえるはずのない“声”が響いた。
『………遅すぎ。しょうがないから、手伝ってあげるよ』
「え……誰?」
アンジーの瞳が揺れる。
けだるげな少年の声──と同時に、体の奥底から湧き上がる魔力。
「アンジー、伏せろ!」
ぼーっと立つアンジーに気づき、シュネは咄嗟に上空から降り注ぐ魔力の矢を身を挺して防ぐ。
「こっちだ!防御壁を張るから、入れ!!」
ライカが応戦とばかりに障壁を張るが──
「数が多すぎる!」
「このままじゃ……!」
削られていく防壁。
だが…
(……なんだろう…今ならなんでも出来そうな気がする…!)
閃光が走り、空間が震える。
次の瞬間──
すべての魔力の流れが、静止した。
氷の壁は消え、魔力の矢は力を失って落ちていく。
中心に立つアンジーの手からは、淡い琥珀色の光が溢れていた。
「……わたし、いま……」
「よくやった、アンジー。今、一瞬だけ──この迷宮の重力魔法に干渉したな」
シュネは「お疲れ様」と小さく呟き、彼女の背中をそっと押した。
彼女の指先は震えていたが、そこには確かな“感覚”が残っていた。
そのとき、空中に鐘の音が響いた。
「時間がない。全員でゴールに到達しなければ、失格だ」
三人は頷き、再び走り出す。
あの声の正体は? この力は──
アンジーは胸に残る余韻を感じながら、最終区画へと踏み込んでいく。




