第16話: いやいや、急に本気受験勉強モードですか!?
「おいおい、シュネ様ぁ~。大見得切ってどうすんだよ!」
ライカの怒鳴り声が、薄明かりの部屋に響いた。
「あたしはてっきり2年か3年計画だと思ってたんだぜ!だって見ろよ。アンジーなんか魔法の基礎すらわかんねーんだ!」
シュネは相変わらず涼しい顔のまま、魔法書をめくっている。
「しかも、あたしらが試験に落ちたら…は??!!お前の立場もなくなるんだけど?急にあたしらに責任全乗せしてくんなよ!!次期当主とか言っといて!お前がいなくなりゃ、あたしも居場所がなくなるじゃねーか!!」
「……それはそれで、面白いとは思わないか?」
「なにが面白いんだよ!!」
ページを指でなぞりながら、シュネがにやりと笑う。
「むしろ、お前は追い詰められた状況のほうが真価を発揮するタイプだろう?」
ライカは、思わず舌打ちした。
図星だったのが悔しい。
「……クソッ、やっぱムカつく」
そう言いながらも、彼女は椅子に深く腰を下ろし、肩をぐるりと回す。
アンジーは二人の間で、おろおろと目を泳がせていた。
そんな彼女を見て、シュネがふと真顔に戻る。
「アンジー……君を巻き込んですまない」
「あたしも巻き込まれてんだけど?」
ライカが目を細めてにじり寄るが、シュネは聞こえなかったふりをした。
毎度のことだ。
「魔法学校の入学試験は、過酷なものだ。知っての通り、合格率は極めて低い。なんたって、魔法を使える人間であれば誰でも受験することができるからな」
シュネはゆっくりと立ち上がり、アンジーの前へと歩み寄る。
「今日からは、遊び半分では通用しない。……本気でやってもらう」
その目に、嘘はなかった。
「君に──魔法の使い方を、教えてあげよう」
アンジーの胸の奥が、きゅっと高鳴った。
「私に…出来るのでしょうか?」
「できるよ。まずは……魔力を手のひらに集めてみて」
シュネがそう言って見本を見せたのは、日がすっかり沈んだ夜のことだった。
部屋の中心に小さなランプが灯され、淡い光が三人の影を壁に映している。
「お前もやってみろ、ライカ」
ライカが肩を回して息を吐いた。
「ふーん、魔力を意識して集中ね。こんなの、ずっと屋敷でやってきたし……」
手を差し出した次の瞬間──
ばちっ
空気に軽い震えが走った。彼女の掌の上に、黒い雷のようなものが一瞬、弾ける。
「……ほら、こんな感じか?あたしは闇だけじゃなくって雷属性にも適正があるんだとよ。試しにやってみたら、今できた」
得意げに振り返るライカ。
シュネは、珍しく目を見張った。
「ほう……なかなか正確じゃないか。魔力の収束も安定している」
「は……? な、何だよ、まさか……褒めたわけじゃねーよな?」
「事実を述べただけだ」
その口ぶりに、ライカがちょっとだけ照れくさそうに眉を寄せた。
「ふん、ま、当然だけど?」
ライカが胸を張っている。
そのすぐ横で、アンジーはぽかんと口を開けたまま、両手を見つめていた。
(……え、ええと……私も……)
おそるおそる、彼女も掌を前に差し出す。
(魔力を、集めて……魔力を──)
目を閉じて集中するが、何も起きない。
代わりに、じわじわと胸が熱くなって、呼吸が浅くなる。
こみ上げてくるのは、不安。
恐怖。
そして──
(……暴走したら、どうしよう?)
「……どうした、アンジー?」
シュネの声に、びくっと肩を震わせる。
「あ……その、怖くて……。さっき、また何か起きたらって……」
声が小さくなっていく。
シュネはしばらく彼女を見つめてから、ゆっくりと言った。
「君の魔力は強すぎる。使い方さえ分かれば、何も怖くない。君の魔力の質は一級品だ」
「使い方…」
アンジーは小さくうなずいた。
けれど──視線の端で、ライカがふっと笑ったのが見えた。
「昔、あたしに対しても『魔力の質だけは一級品』とか言ってきたっけ?」
ライカが自信ありげに鼻を鳴らすと、シュネも口元をわずかに緩める。
「昔のことすぎて覚えてないな」
「はっ!!??ざけんな!!」
二人だけのやりとりに、アンジーは、つい、手を握った。
(……楽しそう…いいなぁ…)
自分でも、その思いに驚いた。
何かを求めているわけじゃなかった。
ライカを嫌いなわけでも、シュネに特別な気持ちがあると自覚していたわけでもない。
けれどその時、どうしようもなく胸がちくりと痛んだ。
(けど…私だけ、置いていかれてるみたい……)
誰も何も言っていないのに、そんな声が、胸の奥で囁く。
まるで、自分だけが“足りない”と言われているような気がした。
「アンタ、変なとこでビビりなんだよな。もうちょい肩の力抜きな」
ライカが、ちらりとこちらを見て言う。
「え……う、うん」
にこっと笑ったつもりだったが、頬が引きつってしまったのが自分でもわかった。
それでも、笑うしかなかった。
今この場で、自分の中に芽生えたこの気持ちに、名前をつける勇気がなかった。