第15話:ちょっと属性調べただけなんですけど!?
屋敷の雑務に追われる毎日のなかでも、アンジーとライカは時間を見つけて勉強を続けていた。
夜になると、二人はこっそりと例の応接間に集まる。
いつしか二人はあの部屋のことを“秘密基地”と呼ぶようになっていた。
そして今日も今日とてその秘密基地に集まり、シュネが集めた参考書や魔法理論の本を広げて、頭を突き合わせる。
「……やっぱり、ちんぷんかんぷんです……」
教本を抱えて項垂れるアンジーに、ライカが隣から覗き込んで肩をすくめた。
「おいおい、マジでゼロからか。……しゃーねぇな、ほら、ここだ。基本中の基本」
ライカは、五年間もこの屋敷で働いてきただけあって、魔法の基礎を自然と身につけていた。
アンジーにとってはまるで異国の言葉のようでも、彼女の説明はわかりやすかった。
「魔力ってのは、持ってるヤツと持ってないヤツがいる。たいていの人間は持ってない。で、この屋敷は魔法がガチガチに張り巡らされてるから、魔力持ちは居心地が悪い。お前も……そうだろ?」
アンジーは無意識に胸の奥のざわつきを思い返し、こくんと頷いた。
「ちなみにシュネは氷属性。私はたぶん闇。……呪いの一族だからなー。こればっかりは希望出来るもんじゃなくって、一人一人の生まれ持っての素質なんだよ」
そう言ってライカがページをめくると、ひとつの図が目に留まる。
「──お、これ面白そう。“属性判定魔法”だってさ」
「属性……?」
「自分がどの属性に向いてるか、魔力を流せば色で出るんだってよ。……試してみっか?」
好奇心に駆られたライカが、試しに魔方陣に手を当てる。
黒い光が広がると、彼女は苦笑した。
「やっぱり闇か……」
ライカは意外性のない結果に肩を落とす。
自分が呪われた子なのだということを再度突き付けられたのだ…。
だが次の瞬間、黒の中心から雷光がはじけるように走った。
「──って、雷!? 二属性とか、マジかよ……!」
喜ぶライカの隣で、アンジーも自分のことのように喜んだ。
「すごいです!!ライカさん!!これ、楽しそうですね!私も、やってみてもいいですか?!」
「え?……いや、ちょっと待て!お前はやば──」
だが、時すでに遅し。
アンジーが手を当てた瞬間、魔方陣が白く輝き始めた。
眩い光が空気を焼き、部屋を包み込んでゆく。
「な……何、これ……!? 止まらない……!」
視界が揺れ、体が震えた。
どこまでも湧き上がる力が自分のものとは思えず、アンジーは混乱したまま、ついにバランスを崩して床に崩れ落ちた。
ぱしゅん、と何かが弾ける音。
眼鏡が外れ、床に落ちた。
金糸の髪、琥珀色の瞳──それは、アンジーが「隠してきた姿」だった。
「え、え…?何が起きて…」
弾けた何かは小さな衝撃を部屋に残した。
シュネからもらった本たちは、四方八方に散らばり、椅子やテーブルも衝撃で窓際まで押しやられていた。
ライカは息を呑んだまま固まる。
「何が起きた!?」
緊迫感のある声とともに、扉が乱暴に開かれた。
シュネが眉をひそめて入ってくる。
かなり急いできたのだろう、肩が大きく前後に動いていた。
彼が散乱した部屋を見渡し、状況を察した直後だった。
もうひとつ、低く重たい声が響く。
「──これは、どういうことだ?」
シュネの後ろに立っていたのは、シュネの父、アルトゥル・シュトゥルム。
彼は瞬時に全てを察知し、事の発端であるアンジーを目で射抜いた。
表情は険しく、怒っているような顔つきだった。
「説明しろ。なぜ、エルフがここにいる?」
ー…見られた…
空気が凍りついた。
アンジーは口を開けずに立ちすくみ、ライカは身をかばうように前に出た。
「見たまんまですよ、父上」
シュネが静かに言った。
「彼女はエルフ。……俺が見つけた」
「報告は?」
「あなたの耳に入っていなければ──していない、ということになります」
「……墨黒を匿っていたと思えば、今度はエルフとはな。……この家は、保護施設か何かか?」
アルトゥルの声は嘲るようだが、その目には明確な“脅威”の色が宿っている。
──魔法律的には、本来なら“監視対象”だ
その言葉に、アンジーは胸の奥がきゅっと縮こまるような感覚を覚えた。
自分が“普通”でないことは、うすうす気づいていた。
不用意に波風を立てないよう生きていこうとしたのに…
自分のせいで…。
アンジーは恐怖で手が震えた。
彼女の様子を横目で確認したシュネは、沈黙の中、口を開く。
「アンジー、気にすることはない。いずれ話す必要があったんだ。それが少し早まっただけだ」
シュネは一呼吸置く。覚悟を決めて。
「あなたは魔法律の視点ばかりで話をする。俺はー…魔法律省ではなく、魔法学校なら、この力を“学問”として扱える。彼女は学ぶべき存在だと思っているんです」
「……魔法学校、だと?」
「彼女たちは、来春そこへ入学する予定です。俺も同行します」
「な、何を……!お前は魔法律学校を卒業し、先祖代々から続く規則通り、この家の後を継ぐ者のはずだ!」
アルトゥルの声が鋭くなる。だがシュネは一歩も退かなかった。
「父上。俺はずっと考えていました。法律、規則、統制。すべて“管理”する側の視点ばかりで、肝心の“魔法”そのものには一度も触れていない。……それで何を理解したと言えるのか?」
「理解する必要などない。魔法はただ、統制され、管理されるべきなのだ」
「それが……俺には滑稽に思えて仕方なかった。だから、学びます。現場で。あの学校で。俺自身の責任で」
「──できなければ?」
アルトゥルが睨むように問うと、シュネは静かに答えた。
「……そのときは、不適任な当主として、この座を降ります」
一瞬だけ、父の目が細まった。
「……ゆめゆめ、忘れるな。その言葉を」
それだけを残して、アルトゥル・シュトゥルムは部屋を後にした。
部屋の空気が、やっと緩んだ気がした。




