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第13話:あたたかい朝と、これからの話

「……ん……?」


まぶたの裏に差し込む光に、アンジーはゆっくりと目を開けた。

見慣れない天井――見知らぬ部屋。天井の彫刻も、漂う香りも、自分の部屋とは違う。


「ここ……どこ……?」


ソファーから手をついて起き上がり、周囲を見回す。

そっと足を床に下ろして立ち上がると、壁際の姿見に自分の姿が映った。


「……わ、わっ!? な、なんで……!?」


金の髪、琥珀の瞳。――眼鏡が、ない。

焦ってベッドや机の下を探そうとした、そのとき。


「……探し物は、これかい?」


不意に隣の扉が開き、ゆったりとした声が降ってきた。

そこには、シュネが立っていた。

手には、アンジーの眼鏡。


「あ……シュネ様……」

「君が落としたんだよ。昨日の夜、ね」


そう言いながら、彼は歩いてくると、そっと眼鏡をアンジーの手に渡した。


「ここ……どこですか……?」


「この家は大きいからね。空き部屋はいくつもある。ここは使っていない応接室だ。誰も来なくて落ち着くよ。俺の隠し部屋にするかな」


シュネはアンジーの顔を覗き込む。


「調子はどうだい?」


「はい、元気です。なんだか気分がすぐれない気もしていたのですが…身体が軽くって…って、もしかして…私はまたシュネ様に助けられてしまったのでしょうか?」


シュネはその質問には答えなかった。

彼はアンジーからするっと視線を外し、別の話題に切り替える。


「……天使(マイエンジェル)よ、お腹は減っていないかい?」


「いえ、そんな……だ、大丈夫です。お気遣いなく……」


ぐぅ~~~~~~っ……!


静かな部屋に、大きな音が響いた。

頬を真っ赤に染めて俯くアンジーに、シュネはくすりと笑う。


「……案内しよう。そこに、二人分だけ用意してあるんだ」


奥にある、小さなテーブルと椅子。簡素だけれど温かな香りが漂う、パンとスープと紅茶。

アンジーは一瞬ためらい、かぶりを振った。


「でも……いけません、私なんかが、こんな――」


「気にしないでほしい。俺が君と朝食を取りたい、それだけだ」


そう言って、彼はそっとアンジーの手を取った。

静かに、でも確かに。アンジーはその手に導かれ、椅子へと座らされた。


「……ありがとう、ございます……」


シュネが向かいに腰かけると、アンジーの表情がすこし和らいだ。

久しぶりに見た、彼の優しい横顔。

その空気に、胸のざわつきが少しずつ溶けていく気がした。


「……食べながらでいい。少し、話を聞いてほしい」


「あ……はい」


スープを口に運びながら、アンジーはシュネの話に耳を傾けた。


「……昨日のこと、どれくらい覚えている?」


「き、昨日……ですか? えっと……部屋で寝て、朝起きたら、ここで……?」


「……そうか」


シュネは少し視線を伏せ、言葉を探すように沈黙した。


「……君の記憶は、どうやら――“何か”をきっかけに閉ざされているようなんだ」


低く、けれどどこか優しく落ち着いた声だった。


「自分では気づいていないかもしれない。でも……強い魔力が、まるでそれを守るように、外から触れることを拒んでいる。封じている、というより……抱え込んでいるように見えた」


アンジーの表情が曇る。自分の中にそんな“力”があるとは、どうしても信じられなかった。


「……魔力が、記憶を……?」


「君の魔力はとても強い。そして――その分、とても不安定だ。昨日の夜のようなことは、また……いつ起きてもおかしくない」


言葉は静かだったが、そこににじむのは“責め”ではなく、“心配”だった。


「このままでは、君自身が危うい。……それだけは、避けたいんだ。だから、今後の計画のために事前に君の意思を確認したい。アンジー、君は自分のことを知りたい、と思うか?」


「自分のこと…?」


記憶を失ってから今まで不思議と自分のことを知りたいとは一度も思わなかった。

なぜだろう…

でも、とても大事なことのような気がした。


「正直、分かりません。分かってしまった後の不安もあります…。記憶を取り戻すことは、怖いこと、だと思います」


「そうか…ならば、君の意思を尊重しー…」


「けれど、今…心の中に”使命”のようなものが宿った気がします。とても大事な記憶が眠っているのだと思います。私は…自分のことを知らないといけないのかと思います」


シュネはアンジーの目をまっすぐ見つめる。


「じゃあ、話は早いね。俺は――君に…“魔法学校”に行ってほしい」


「魔法……学校……?なんでですか?」


アンジーは、初めて聞く言葉に小さく声を震わせた。

シュネはしばらく黙って、湯気の立つカップを見つめていた。

けれど、意を決したように言葉をつなぐ。


「……君の魔力は、純粋すぎるんだ」


アンジーが顔を上げる。

その言葉は、あまりにも静かで――けれど、重かった。


「普通の人間の枠じゃ収まらない。だからこそ……暴走のリスクが常につきまとう」


シュネの言葉は淡々としている。優しさに包まれながらも、どこか冷徹な現実を突きつけていた。


「魔法律の目から見れば……君は“監視対象”だ。そう判断されてもおかしくはない存在だよ」


アンジーの瞳がかすかに揺れる。

どこか、追い詰められたような、怖がるような――

だが。


「……だけど」


シュネはそっと声を和らげた。


「魔法律省ではなく、“魔法学校”なら――その力を“異物”としてではなく、“学問”として扱うことができる。拒絶されるのではなく、理解される場所なんだ」


少し笑って、彼は続けた。


「君の中にある力を、ちゃんと知るために。向き合って、受け入れて、そして……制御できるように」


「制御……できるように……」


「そう。これは命令じゃない。……俺が、願っていることだ。君が、君として未来を生きていけるように」


少しの沈黙のあと、シュネはそっと微笑んだ。


「――それだけさ。……それだけで、いいんだ」

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