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第129話: 花開く未来へ

魔法都市の崩壊から、季節がいくつか巡った。

瓦礫で埋まっていた街並みは徐々に息を吹き返し、空には以前と変わらぬ明るい光が差し込んでいる。きらびやかだった都市はまだ傷を抱えていたが、再生の鼓動は確かに感じられた。

復興の中心には、白銀の髪を風に遊ばせる初老の男——魔法学校の校長・セリウスの姿があった。


「エルディオス族長。ご尽力に感謝いたします」


深く頭を下げるセリウスに、族長エルディオスは皺の刻まれた眉を寄せながら軽く手を振った。


「やめてくれ。そういう礼儀は、我々が目指す“対等な共生”にはそぐわん」


「はは!それもそうですな」


セリウスは肩の力を抜き、豪快に笑った。


「それに……あなたの魔力は、我々に劣っているわけではない。胸を張れ」


「おや、照れてしまいますよ」


族長は勢いをなくしたように視線をそらし、セリウスもまた穏やかに笑みを返す。

長く断絶していた人間とエルフの関係。

それがようやく、自然な形で結ばれ始めていた。

 

◆ ◆ ◆

 

王宮——王の居間。

いつもの静けさは、今日ばかりは完全に吹き飛んでいた。


「だーかーらー、ちょっとぐらい良いだろ?身体、見せてくれよぉ〜」


「重たい。離れて」


黒と白が混じる美しい髪をした少女に押し倒され、無表情のまま困惑しているのは国王ニースだった。

少女——リリーは、気ままな笑みを浮かべながら彼の胸の上に乗る。

髪の一本一本が生き物のように動き、ニースの腕や足に絡みついて逃がさない。


「レディーに重たいって失礼だろーが。ん?」


「どいてくれない?」


にべもなく言うニースの頬を、リリーは両手で包んだ。


そこへ——


「こらぁ!!なにしてんのよ!!」


怒鳴り声と共に、クラリスが飛び込んできた。

軽い体をものともせず、勢いのままリリーを突き飛ばす。


「リリー!!いい加減にしなさい!あなたがエルフの特使だからって、国王の居間に自由に出入りできるのはわかるけど!そんなことしたらアンジーのメンツが丸つぶれでしょう!」


「……は?」


突き飛ばされたリリーは、不機嫌そうに眉を釣り上げた。

傷ついた腕は、すぐに光魔法で治癒されていく。


「あたしが入ろうとした身体がいかに素晴らしいか確認したいんだよ。なあ、ニース?」


「やめて」


さすがのニースも嫌悪を隠せず眉を寄せる。その反応さえ楽しそうに、リリーは背中に腕を回した。


「その顔も、そそられるぜぇ。なあ、今夜あたり——」


「こっ、国王は!今夜は!わたしと予定があるの!!」


クラリスが二人の間に割り込んだ。

突然の主張に、ニースは首を傾げつつも、クラリスの必死さに察して黙った。


「さっきから、うるせぇな。お前ってニースのなんなの?」


「それ、僕も知りたい。クラリスって僕のなんなの?」


リリーの鋭い視線とニースの意地悪な笑みに、クラリスは汗を浮かべて口ごもる。


「……わ、わたしは……ニースの……」


「ニースのぉ?」


「に、ニースの、親衛隊よ!!」


「……親衛隊?」


明らかにおかしい、といった目でリリーを見る。

クラリスは必死に続けた。


「ニースは、この顔でしょ?!しかも独身の国王よ!?令嬢たちが放っておかないに決まってるでしょ!!だから、国王に変な虫がつかないようにわたしが見張ってるのよ!!」


顔を真っ赤にしながらも勢いだけで押し切るクラリス。

その場の空気は、なぜか納得した方向に流れた。


「……そうかよ。なら、引き続き“悪い虫”が寄らないように見張っといてくれ。あたしのためにな」


リリーは軽口を叩きながら、颯爽と部屋を後にする。 


「どこ行くのかしら」


「……墨黒一族のところ。死人に口なしだけど、謝罪しに行くらしい。ライカと一緒にね」


クラリスは少し切なげに目を伏せた。

しかし、ニースはその視線を奪うようにぐっと顔を寄せる。


「ところで、さっきの続きなんだけど」


「さ、さっきの?」


「僕に変な虫がつかないよう見守るんだよね?……僕のために」


「そうよ、そう言ったわ」


「それって、僕が結婚しなければ、一生見守ってくれるの?」


クラリスが跳ね上がる。

ニースは淡々と、しかしわずかに口角を上げて続けた。


「い、一生ぅ?!一生独身なんてだめよ!だって、あなたは王様よ?」


「でも、僕はクラリス以外と結婚する気はないんだよ。そしたら、一生独身になっちゃう」


ニースは続ける。


「それでも僕はクラリスの意見を尊重してあげる。クラリスが嫌なら……仕方ないよね。王の血を絶やすわけにはいかないなら、今夜あたり誰かを誘ってみようかな。変な虫かどうか判断して欲しい——僕の部屋で」


「あーーーーもう!!!!!それ以上は言っちゃだめよ!」


クラリスは悲鳴を上げてニースの口を塞いだ。

耳まで赤くなっている。

そんな彼女に、ニースはすっと手を伸ばし、ふわりと手の甲を取る。


「いい加減、腹をくくってよ」


小さく音を立てて、彼女の手に唇を触れさせた。


「っっ!!!」


真っ赤になったクラリスは何も言えず固まった。

羞恥か、怒りか、それとも——。


「”今夜”は僕のために空けておいてね」


少なくともニースだけは、答えを知っていそうだった。

 

* * *

 

その頃——墓地。

墨黒一族が眠るはずだった空地は、ライカの働きによって静かで暖かい空間へと生まれ変わっていた。

石だけが積まれていた殺風景な場所には、今はモニュメントのような墓碑が整然と並んでいる。

彼らの肉体はリリーに喰われ消えてしまった。

だが、魂はきっとどこかで眠っている。

そう信じてライカは墓碑に言葉を刻んだ。


『魂よ、永久に眠れ』 


ライカは墓石に背を向けて腕を組む。


「おせーよ、リリー」


「悪かったな」


白と黒の髪を揺らし、リリーが現れた。

その立ち姿は、まるで一国の王のような威厳さえ漂わせている。

だが、ライカはそんな気迫もいつも通りつっけんどんに受け流す。


「来なくても良かったんじゃね?どうせ連中は、あんたに何されても喜ぶだろ」


「形は大事だろ」


「意外と律儀だな」


「……まあ、あたしが跡形もなく消しちまったけどな」


リリーは墓前にあぐらをかき、深々と頭を下げた。


「悪かった。許してくれ」


その声は、墓石に向けたものでもあり——

隣に立つライカへ向けたものでもあった。


「……あたしは間違ってた。憎しみを押し付けて、利用して……。あたしがかつて愛した人類なのに」


「変わったな、あんた」


呟くライカに、リリーは顔を上げて微笑んだ。


「みんな変わったんだ。アンジーのおかげで」


「アンジーが諦めなくてよかったな」


「本当にな」


ふたりは視線を合わせ、ふっと笑う。

墓地の空を、夕暮れの赤が優しく染めていた。

冷たい風が吹く。だが、その風はどこか温かかった。

明日は、もっといい日になる。

そう思える世界が、ようやく戻ってきたのだ。

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