第127話: 光と闇の境界線
空が裂けた。
天を覆っていた暗雲が一瞬だけ割れ、そこから流れ落ちるように光が地上へと降り注ぐ。
その光の中から、金と白の結界をまとったエルフたちが降り立った。
彼らの中心に立つのは、長きにわたり地上への干渉を拒んできた族長――エルディオス。
「“選ばれし子”はひとりではない。今日、この瞬間から――我らも共に戦う」
彼の低く響く声に、戦場のざわめきが一瞬だけ静まる。
崩壊しかけた魔法都市の中心で、希望のような光が広がっていった。
だが、その厳かな雰囲気を破るように、後方から軽い声が響く。
「遅いじゃん」
赤い髪を揺らしながら、無表情の王ーーーニースが歩み出る。
炎の瞳が冷たく光り、彼は淡々とエルディオスを見据えた。
「ふん。地上の者にとっては“長い時間”だということを忘れていただけだ」
「偉そうだね」
「我々は、偉大だからな」
どこか鼻につく言葉ではあったが、その裏に、長い孤立と誇りが透けて見える。
ニースは無機質な表情のまま、手を差し出した。
「なにが君たちを動かしたの?」
「……我々が生きる長い時の中の――一時の気の迷い、とでも思ってくれ」
ほんのわずかに笑ったその顔は、いつもの冷たさとは違って見えた。
ニースは差し出した手を引っ込めることなく、短く問う。
「人間とエルフが手を取り合って、闇に立ち向かった先――何を思ってる?」
エルディオスは短く息を吐き、ゆっくりとその手を取った。
「共存……だな」
二人の手が固く結ばれる。
その瞬間、遠くで立ち尽くしていたクラリスが微笑んだ。
「ふふ……いい光景じゃない」
どこか感慨深げに呟いたその時、地面が大きく揺れた。
――ずずん。
大地が悲鳴を上げるような地震。
崩れた建物の破片が空に舞い上がる。
「まだまだやることは山ほどありそうだ。行くぞ!」
エルディオスの号令とともに、数百人のエルフたちが同時に詠唱を始めた。
彼らは空中に浮かび、巨大な魔法陣を形成する。
「ルミナ・オラ・サンクティア!!」
天空から降り注ぐ無数の光。
それは、魔法都市を覆っていた“闇の苗床”を瞬く間に焼き払い、各地に点在する闇の根をも浄化していく。
黒い霧が裂け、長く覆っていた闇が少しずつ薄れていく――
だが。
一つだけ、黒が残っていた。
光が届かない“影”のように、そこだけが異質な闇を放っている。
「……まだ一箇所、消えていない」
クラリスが眉をひそめた。
エルディオスは目を細め、遠くの地平線を見つめる。
「……あそこだ」
そこは――かつてリリーが暮らしていた街。
彼女が笑い、泣き、そして全てを壊した場所。
「リリーがいる……彼女は、待っている」
シュネの氷の瞳がその地を捉える。
彼の声には、確信があった。
「……私も、そう思います」
アンジーの声が風に乗って届く。
その瞬間、巨大な影が空を覆った。
白銀の毛並みをなびかせたフェンリル――ハティオス。
その背に乗り、金の髪をたなびかせて現れたのは、アンジーだった。
「ただいま戻りました! 遅くなってすいません!」
その姿を見た瞬間、シュネの胸に張りつめていた緊張がほどける。
「アンジー!! 大丈夫か!?」
「はい、私は問題ありません。ですが――」
彼女の琥珀色の瞳がわずかに揺れた。
その表情には、痛みと覚悟が同居している。
「共鳴中に……リリーを諭しきることは出来ませんでした」
静かにそう言う彼女の声に、誰も言葉を返せない。
だが、シュネだけはまっすぐにその瞳を見つめた。
「何度も言っているが……お前ひとりで抱える必要はない。俺たちも共に戦おう」
「シュネさん……」
彼の声には迷いがなく、アンジーの肩から少しだけ力が抜けた。
その時、二人のもとへ駆け寄る影があった。
ルーヴァンとイリア――アンジーの両親だ。
「アンジー。ようやく来たのね。お寝坊さん」
「お母様!! お父様!! どうしてここに……?」
ルーヴァンは穏やかに微笑んだ。
「俺たちだけじゃない。エルフの里全員……当事者として、地上の者を救うために来た」
「……!」
「お前が命をかけて開いた門は、無駄じゃなかったんだ」
アンジーの頬を一筋の涙が伝う。
その光を見たライカが、ふっと笑った。
「お前の頑張りも、ようやく報われたってわけか」
「泣いている暇はないぞ」
シュネがそう言って、アンジーの背中をそっと押した。
彼の掌は冷たいのに、不思議と温かい。
「行くぞ」
「もちろん、あたしもついてくぜ」
ライカが杖を抜き、アンジーとシュネに駆け寄る。
無言のまま、ニースもその横に並んだ。
「行きましょう」
アンジーが頷き、ハティオスが大きく遠吠えを上げた。
――白銀の咆哮が、空を震わせる。
その声は、闇に挑む者たちの戦いの始まりを告げていた。




