第126話: 天より降る光、再び
シュネたちはアンジーから離れ、転移魔法陣を展開した。
行き先は、闇の苗床が最も盛んな魔法都市――最大の魔力中枢だ。
着地した瞬間、焦げた大地と腐敗した空気が鼻を突いた。
街はすでに壊滅状態。
闇の蔦が建物を呑み込み、人々の悲鳴が響き渡っていた。
「きゃーーーっ!!」「逃げろ! こっちだ!!」
魔法使いたちは必死に応戦していたが、通常の魔法は通じない。
闇の苗床の“肥料”は魔力そのもの。攻撃すればするほど、奴らは強くなる。
「クソッ、食われてやがる……!」
ライカが歯ぎしりをする。
「――氷浄の礫!」
シュネが氷の魔法陣を展開すると、氷のつぶてが宙に舞い、青白く輝いた。
その一つひとつに浄化魔法を宿らせ、闇の蔦を焼くように消し飛ばす。
しかし、次の瞬間には再生。まるで意思を持つ生き物のように蠢き出す。
「ライカ!」
「わかってるっての! ――バルグラード! 食っちまえぇッ!!」
黒雷が地を裂き、巨大な雷獣が姿を現した。
ライカの契約獣――闇に耐性を持つ魔獣〈バルグラード〉。
『しかし主よ……この闇、尋常ではない。これをすべて食らい尽くせと?』
「うるせぇ!食える分だけでいい! 時間稼ぎだ!」
雷獣が咆哮し、闇を貪るように突進した。
だが、焼け焦げた街を見下ろしたバルグラードの目に映るのは、壊滅した光景だった。
瓦礫と化した街。地面に倒れ込む人々。
その傍らに、クラリスが膝をついて手を掲げる。
「――〈ルーメン・セレスティア〉!」
淡い光が地面に広がり、魔法陣が街全体を包み込む。
その光を浴びた傷病者たちの闇がほどけ、傷が癒えていく。
それは範囲型の浄化治癒魔法――研究に研究を重ねたクラリスにしか扱えない大規模魔法だった。
「これで……少しは持ち直したわね……!」
クラリスの額には汗が滲んでいたが、その眼差しは強い。
「――〈アウロラ〉、燃やし尽くせ!」
ニースが空を見上げて右手を掲げる。
瞬間、紅蓮の翼を持つ不死鳥が出現し、天を覆う闇を焦がした。
だが、空が裂ける。
闇が炎を飲み込み、すべての魔法を“無”へと還していく。
「な……吸い込まれた……?」
「もはや、“魔”そのものだ……」
ニースが低く呟く。
「くそっ、なにやっても再生しやがる!」
ライカがバルグラードの背に飛び乗り、雷槍を振るうが、蔦はすぐに元通りになる。
シュネの氷も、ニースの炎も、ライカの雷も届かない。
闇の苗床は空間そのものを歪ませ、絶望を広げていく。
「アンジーがいれば……」
誰かが呟く。
だが、彼女はいない。
それでも――彼女の“想い”はここにある。
「違う。……俺も背負うと決めたんだ」
シュネの瞳が静かに光る。
両腕に氷の魔法陣が重なり、周囲の温度が一瞬で下がる。
「極天氷界――!」
巨大な氷柱が天へ伸び、そこに彼の浄化魔法が融合していく。
氷の結晶が光を帯び、世界を凍らせるほどの力で闇を切り裂いた。
「アンジーが大切に思っているものは……俺にとっても、大事なものだ!」
「あたしも行くぜ!!いっけぇえええええ!!」
ライカが叫び、自らの魔力をシュネに重ねる。
氷と雷の双撃が闇を真っ二つに裂いた。
爆風が巻き起こり、闇の蔦が一瞬にして沈黙する。
「やったか……?」
誰もが息を詰めた。
街を覆っていた闇が、ゆっくりと霧散していく。
――ほんの、束の間だけ。
次の瞬間、地面が揺れた。
沈黙していた蔦が、音もなく再び膨張し始めたのだ。
「な、なんで?!」
ライカが悲鳴を上げる。
リリーの魔力が再び暴走し、蔦は都市全体を覆い尽くす。
防御魔法を張るのが精一杯。
ライカは歯を食いしばりながら、シュネに叫んだ。
「坊ちゃん! あたしがおとりになる! その間に策を――!」
「馬鹿なことを言うな!死ぬつもりか!」
「言い争ってる場合じゃない」
ニースが前に出て、特大の防御結界を張る。
「ヤケになるにはまだ早い」
三人は歯を食いしばり、迫りくる闇を迎え撃つ。
だが、圧倒的な魔力に押され、三人とも地面に叩きつけられた。
「ぐぅっ……!」
焼けるような痛み。
闇が肌を這い、命を吸い取ろうとする。
その瞬間――。
世界が、白く染まった。
空から、金と白の光が降り注ぐ。
光はリリーの攻撃を弾き返し、地上に聖域を描いた。
風が止み、闇の瘴気が引いていく。
「……光……?」
ライカが見上げる。
「まさか……そんな……」
ニースが呟いた。
天から降る光の粒。
その中に、無数の人影が見えた。
エルフたちだ――族長 エルディオス…アンジーの両親ルーヴァンとイリアの姿もあった。
「無駄じゃなかった……」
シュネの頬を涙が伝う。
「……あれは……エルフ……!」
「嘘だろ……あいつら、地上に干渉なんてしねぇはずじゃ……!」
ライカが目を見開く。
エルフたちは手を広げ、祈りの言葉を唱え始めた。
柔らかな光が地上を包み、“闇の苗床”を次々と浄化していく。
ルーヴァンが降り立ち、シュネの前に立つ。
「遅れてすまない。交渉に少し時間がかかった」
イリアは傷ついたシュネの腕を取り、微笑む。
「アンジーの未来の旦那さんを失うところだったわね」
「……助けに来てくださって、ありがとうございます」
「闇は我々に任せろ。リリーを――頼む」
ルーヴァンの言葉に、シュネは静かに頷いた。
背後で、ライカが鼻を鳴らす。
「チッ……しょうがねぇ、もう一勝負いくか」
エルフたちの光を背に受け、彼らは再び立ち上がる。
聖域と闇が交錯する中、戦いの第二幕が幕を開けた――。




