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第11話:呼応するもの

「……っ、はぁ……」


アンジーはベッドの上で膝を抱えていた。カーテン越しの月明かりが、かすかに頬を照らしている。


「……また……これ……っ」


喉の奥が焼けるみたいに熱い。息が浅い。指先が、かすかに震えていた。


「あの時と……同じ……」


街で魔力が暴走しかけた、あの日。あの感覚が――いや、それ以上のものが、今、全身を這い上がってくる。


「私……」


得体の知れない何かが、身体の奥で蠢いている。

制御がきかない。

意識の底から這い上がって、心まで飲み込もうとしていた。


「落ち着いて……落ち着け……私……」


息を吸う。

吐く。

でも、胸はずっと苦しいまま。

アンジーは自身の腕にぎゅうっとしがみついた。


「シュネ様に……迷惑かけたくない…です………」

ぽつりと、こぼれた言葉の余韻が、部屋の静寂に吸い込まれていく。

アンジーはふらつく足で立ち上がった。

扉に手をかけ、静かに開ける。


(誰にも……見つかりたくない……)


ひたひたと、夜の廊下を歩く。まるで導かれるように。

気づけば、その足は、ある一室の前で止まっていた。


「ここ……」


旧主の部屋。

ライカから「近づくな」と言われていた場所。不

安定な魔道具が封じられている、閉ざされた部屋。


「……なんで、ここに……」


でも、確かに感じた。

扉の奥から、自分を呼ぶような何かを。


「……変……」


アンジーは、おそるおそる扉に手をかけた。

鍵は主しか持っていないはずなのに……


「……え?」


抵抗もなく、すっと、静かに開いた。

扉は彼女を手招きしているようだった。

そして、部屋の中央に、ぽつんと立つものがひとつ。


「鏡……?」


他にもたくさんの魔道具がある中、アンジーの瞳にはスポットライトを当たったように輝く鏡が映りこんだ。

銀の縁がほどこされた、古びた姿見。

けれど、美しかった。


「……ただの、鏡……じゃない……?」


背筋がぞわりとした。

見た瞬間にわかった。

これは、違う。

――奥に、何かがいる。


「……あれ……私?」


鏡の中に立っていたのは、エルフ姿の自分自身。

一瞬、眼鏡を忘れたのかと、アンジーは頬に触れ、眼鏡を認識する。

眼鏡は確かにかけていた。

ではなぜエルフ姿の自分がここに?

不思議そうに見つめていると、


「……!」


鏡の中のエルフ姿の自分の手がゆっくりと伸びてくる。


(触れたい…)


熱にうなされ、ぼーっとした感情のまま、アンジーは吸い寄せられるように、手が伸ばす。

そして――触れた瞬間。


「──っ!」


世界が、反転した。


* * *


「っ、アンジーッ!!」

ちゅうちょすることなく、部屋に飛び込んできたのはライカだった。

シュネからの命令だけではない。

彼女もまたアンジーのことを気になっていた。


部屋は凍てついていた。

部屋の主が来客を拒むように、氷の魔法が部屋中を覆い始める。

天井からは霜が垂れていた。

氷つく床に膝をつくアンジーの姿を見つけると、ライカは彼女の肩に触れる。


「お前、なにやってんだよ!」


がくんとライカに体重を預けるアンジー。

どうやら、意識を失ったようだ。

彼女の白い息が静かに舞った。

鏡の表面は、金色の魔力が脈打つように広がっていた。


「……おいおいおいおいおい、冗談だろ?」


金の髪、琥珀の瞳――紛れもない、“エルフ”の姿がそこにあった。

鏡の中には、断片的な映像が浮かんでいる。


「なにこれ……」


──石の祭壇。

──背を向けた、黒髪の女。

──古代語の呪文。

──金色の魔力が波打つ光景。


「……記憶……なのか?」


ライカは、ぎゅっと歯を食いしばる。


「違ぇだろ、聞いてた話と……!」


この鏡は、ただの魔道具じゃない。

魔力に反応して、記憶を映す鏡だ。

だが、――簡単に発動するもんじゃない。

吐き捨てた声が震える。アンジーの肩も、小さく揺れていた。


「……あたし、なにを……見せられてんだよ……」


現実が、どこか遠ざかっていくようだった。目の前のそれは、まるで――


「おとぎ話の、続きみたいじゃねぇか……」

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