表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/70

第10話:その魔力、規格外につき

 屋敷の空気が、妙に重い。

 シュネ・シュトゥルムは机に積まれた魔法律の書類に目を落としながら、ふとペンを止めた。

 ページをめくる音が途絶えると、部屋にはただ、静寂だけが残った。

 ──風もないのに、カーテンがふわりと揺れる。

  ──窓硝子が、ごくかすかに震えるような音を立てる。

 まるで屋敷そのものが、息苦しさを訴えているような、そんな気配。


「……また、か」


 低く呟きながら、椅子を離れる。

 この屋敷は古いが、それ以上に“精緻”だ。

 廊下の温度、空気の流れ、結界の律動──そのすべてが、魔力の揺らぎに呼応する構造をしている。


(魔力が……揺れている)


 それは一時的な魔力量の増減ではなかった。

 もっと深く、根源的な“本質の波立ち”。

 この現象を引き起こせるのは、限られた存在だけ。


 ──アンジー。


 彼女の魔力は“異質”だった。

 構造も性質も、何よりその“純度”が常人のものではない。

 魔法の訓練を受けたことがないにもかかわらず、無意識に抑え込もうとする力が、時折その器を突き破りかける。


 シュネは書斎の扉に視線を向ける。

 遠くの廊下の気配すら、わずかに歪んでいるようだった。


「……ライカ。いるか?」


 呼びかけに応えるように、本棚の影からぬるりとライカが姿を現す。

 月明かりに照らされたその目は、相変わらず鋭かった。


「いるぜ」


 無愛想に返すライカ。


「……最近のアンジーは、元気か」


 ぽつりと落ちた言葉に、ライカは思わず眉をひそめた。


「は? お前がそれ言う? あたしらから距離取ってんの、バレバレなんだけど」


 棘のある声をぶつけるも、シュネは顔色ひとつ変えずに続ける。


「お前には分からんだろうが……屋敷の様子がおかしい。魔力が、揺れている」


 その一言に、ライカの表情がわずかに曇る。


「へぇ、魔力探知も出来ないバカなあたしにご丁寧な説明、どうもありがとうございます。感動しすぎて涙が出てきそうだわ」


「無駄口が多いな。緊急事態だということが分からないのか?」


「そりゃあんなに距離取られてるんだから、嫌味の一つや二つ、小言以上に言わせろや」


「………」


「はいはい。分かったよ。やりゃいいんだろ、やりゃ…」


  ライカは一度舌打ちした。

 そっちにはそっちの言い訳があると、ライカは悟る。

 長年従者として仕えているのだ。

 シュネと…彼の父親の関係性も深く理解していた。


「ったく……久々に名前呼んできたと思ったら、雑用かよ。ほんっと貴族様ってやつは」


「お前しか頼めない」


「……自分の非力さ、呪っとけよ」


 ため息混じりに呟きながらも、ライカは背を向けて書斎を出ていく。

 足音も立てずに廊下を進むその背に、彼女自身にも説明のつかない胸のざわつきがあった。

 

(アンジーの、あの目)


  無邪気に笑うくせに、ふとした瞬間にすべてを拒むような、あの瞳。


(……不安定、だな)


 ライカの直感は、鈍くはない。むしろ、こういうときほど鋭く働く。

 そして今回、その直感が囁いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ