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第102話: 焔に芽生えた恋

国葬の日。

王都は黒で覆われていた。

大通りを進む巨大な棺を、国民たちは喪服を纏い、声を潜めて見送る。

誰もが目を伏せ、王を失った悲しみを噛みしめていた。

アンジーたちもまた、その群衆に混ざり参列していた。

金髪を隠すように薄いヴェールを被り、ただ静かに祈りを捧げる。

全ては滞りなく終わり、棺は王家の教会に安置された。

やがて、静寂を切り裂くように声が響いた。


「この度は、大変失礼致しました」


そう言って深く頭を下げたのは、シュネの父、アルトゥルだった。

彼は王の亡骸の傍らに立つニースへと向き合う。

ニースはゆっくりとフードを外し、黒布を床に落とした。

拾い上げた従者が大切そうに抱える。


「国葬には参加した。これ以上、僕につきまとわないで」


その声音は冷たくも静かで、誰の反論も許さなかった。


「し、しかし……」


「僕は国王なんかになるつもりはない」


短い言葉を残し、ニースは背を向ける。

教会の扉が閉じる音だけが虚しく響いた。

アルトゥルは席に腰を下ろし、頭を抱える。


「どうしたものか……。国王の席が空いたままでは国民に示しがつかない」


側近たちも慌てたように口を開く。


「魔法律や王兵の士気にも関わりましょう。それに……他国から攻め時だと思われる恐れも」


「そうだな……。一刻も早く、ニコラス様には王の座に戻っていただかねば……」


悩む父に、ひっそりと姿を現したシュネが言葉を挟んだ。


「父上、簡単なことです。メリットを提示するんです」


「メリット……?」


アルトゥルは怪訝そうに息子を見つめる。


「あれは面倒なことを嫌い、常に自分に不利がない状況を選びます。国王という立場が負担しかないなら拒むでしょう。でも……もし利があると分かれば、動かざるを得ない」


「誉れでは動かぬ、と……そういうことか」


「はい。それにリリーのこともあります。わざわざ自分の身を危険に晒してまで、表舞台に立つことはしないでしょう」


アルトゥルは「うーむ」と低く呟いた。


「ならば、金銀を与えてみるか…。必ず目が眩むはずだ」


「父上。彼を自分の物差しで量るのは無意味です」


シュネの氷の瞳は冷ややかに輝いていた。


「大丈夫ですよ。あいつが望むメリットはあいつの口から告げられるでしょう。俺たちが考えもつかないことをーーー」


アンジーと友達になることを条件にクラスに顔を出してきた男だ。


きっと今回もまたーーー


シュネはふっと鼻で笑った。


一方その頃。

ニースはクラリスが暮らす魔法都市の宿舎に戻っていた。

一階は賑やかなレストラン。

だが彼女の部屋は、三階のほとんど使われぬ小部屋だ。全く帰らないから、今では荷物置き場のような空間になってしまった。


「おかえりなさい。おつかれさま」


クラリスがカップを手に微笑む。栗毛の髪が帽子から零れ、揺れた。


「うん……」


ニースはジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩め、深くソファに腰を沈める。

クラリスは魔法でポットを浮かせ、紅茶を注いで彼の前へ置いた。


「なにか言われてきたの?」


「もちろん…王様になれってさ。僕はまだ学生なのにね…。本当に自分勝手な連中だよ」


「学校は卒業しなくてもいいのよ。あんたの望みは叶ったし、知識も十分ある」


クラリスはニースの悩みを汲みとって、言葉を続ける。


「……それに、わたしはあんたが王様になるところ、見てみたいな」


「それ、メリットがないじゃん」


「え?」


ニースは顔を上げ、炎の瞳でクラリスを見つめた。


「王様になんてなったら、アンジーたちにも会えない。クラリスが言ったんじゃん。友達と勉強しろって…。自分たちの利益しか考えないクソみたいな大人たちに囲まれるだけなんて、僕にはメリットが何一つない。そんなのとずっと一緒にいなきゃいけないなんて、反吐が出る。それに………クラリスもいないし」


その一言にクラリスは息を呑む。

今まで無機質だった彼の声に、確かな感情が滲んでいたからだ。


「わたしがいなくても……あんたは大丈夫よ」


クラリスは優しく微笑みかける。


「今までわたしは何回あんたを怒ってきたと思ってんのよ。ずーーっと好き勝手やってきたあんただもん。そんなことに弱気になってんじゃないわよ」


「違うよ」


ニースは言葉を重ねる。


「クラリスは、何があっても絶対に僕を見捨てなかった。厳しいことも言うけど、ずっと味方でいてくれた。……その優しさが、僕の心を安らげたんだ」


そんなことを思われていたとはつゆ知らず。

クラリスは、ニースに熱い信頼を寄せられていたことに胸を熱くさせられた。


「で、魂が戻って分かったよ。この気持ちの意味を知ったんだ」


ニースはクラリスにぐっと近づく。


「これが恋なんだって。僕はクラリスが好きなんだ」


年下の生徒からの不意打ちの告白にクラリスは目を丸くした。


「は、は、はああああああ!??」


顔を真っ赤にして絶叫する。

あまりの衝撃にクラリスは眼鏡が弾け飛ぶかと思った。


「あんた突然何を言ってんの?これは錯覚よ!錯覚!あんたは敵だらけの世界で、ちょっと優しくしたわたしに懐いてるだけ!雛みたいに!」


「違う。僕が感情を間違えるはずない」


炎の瞳が真っ直ぐに向けられる。クラリスの胸が高鳴り、呼吸が乱れる。


「教師と生徒!年齢!身分!法律!全部ダメなのよ!」


「ああ…そんなものがあったね。じゃあ、学校辞めようかな。そしたら、教師と生徒は解消だよね」


「身分!法律!!年齢!!!全部残ってんのよ!!とにかくダメなもんはダメ!!」


ソファの端まで追い詰められ、クラリスは逃げ場を失う。

だが、ニースは一歩手前で止まり、しゅんとした顔を見せた。


「分かった……」


彼が身を引いた瞬間、クラリスは胸を撫で下ろす。


「理解してくれて何よりだわ」


クラリスは息をふぅっと吐き、紅茶を一すすりする。

だが、安堵も束の間。


「僕が王様になって、法律を変えちゃえばいいんだよ」


紅茶を一気に吹き出し、クラリスは絶叫する。


「はぁ!?何も分かってないじゃない!!何言ってんのよ!?」


「クラリスが言ったんじゃん。王様になるのを見たいって」


「言った!言ったけど、あんたの思考はだめ!倫理的NG!」


「理解したよ。障害は身分と法律。それを僕が変えれば、誰も反対できない」


「わたしの話、聞いてる?他の人から酷い目で見られるわよ!!」


「道徳心ってやつ?それは本人はどう思うか、でしょ?そこはクラリスが僕の沼にハマれば問題ない」


クラリスはごほごほとむせながら、ニースを睨みつける。


「法律も道徳心も身分も…僕らの間にある障害は僕は全部書き直してあげる」


ニースは意地悪そうににっこりと笑った。

その反則級の笑顔にクラリスは一瞬固まってしまう。


「準備ができたら迎えに行くから、覚悟しておいてね」


ニースはクラリスの栗毛の髪に優しく触れ、毛先に唇を落とす。


「いやいやいや!わたしが拒否する可能性は!?わたしにだって、恋愛の自由はあるんだからね!」


「断言する。それはないよ。だって、僕以上にいい男、クラリスは見つけられない」


クラリスの心が一瞬だけ「確かにそう……」と揺らいでしまう。

イケメン、秀才、将来も安泰。

欠点が見つからない。


「ね、いいでしょ?」


「絶対にダメだから!!!」


必死に押し返すクラリスに、ニースの炎の瞳はますます熱を帯びていた。

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