04. 師匠との出会い
「うわ、完全にやっちまってるわ」
迷った。
エミリコに話す言い訳としては、人が多すぎたんだ。そうだろ? 多すぎて道が通れねえ位だったよ。だからさ、脇道見つけたんだ。俺は思ったね。なんとかなるだろって。しかしな? このざまって訳だよ。
————路地は日が当たらず、じめっとした空気が漂う。
道端に座り込んで、談笑している奴等が見える。人相は悪い。傍を通るとピタリと話を止めて、こちらの方をじろじろと見る。
うわーめっちゃ見てる。絡まれたら面倒そうだ。念のため髪を隠くそ。
フードを深くかぶった。
路地裏の住人とすれ違う度、彼らはジロジロとこちらを見て、こそこそと話す。
「何......いつ? ここ......んじゃ見な......?」
「小遣い稼......する?」
「い......、いまチル......るか......いわ」
足早に路地を進む。ちょいと進んだ辺りで、視界の先に何かが見える。
あれは...... 木箱か?
道沿いの一角に、幾つかの箱が横に並べられていた。
箱の中身を見てみると、中身は瓶やコップ、片足しかない靴やら鉄の棒。色んな物が乱雑にぶち込まれている。
箱には何か書いてあるみたいだ。
えーと......
"欲しければどうぞ! お店の方も覗いてみてね!"
お店? ああ、これの事か。
建物のドアには "営業中、どうぞこちらへお越し下さい" と書かれた看板がぶら下げてある。
店...... 道を聞いても良いかもな。この路地は治安が悪そうだし、早いとこ抜けたい。
重い扉を押して店に入った。扉の上部に付けられた鈴の音と共に、室内のカラッとした空気が肌を撫でる。
なんか、不思議な所だ。
店の中は、外とはどこか違う感じがする。なんと言うか、空気が澄んでいる様な。例えるなら倉のような感じ。そして様々なものが置いてある。ただ、それらすべてに値札は無く、取っ手の無いカップなんかもある。
「いらっしゃい! おお、小さいお客さんだね。何か欲しい物でもあった?」
中性的な声、そちらに視線を向けた。
彼は黒い髪に、釣り目がちな黒目。ここいらでは珍しい薄い顔つきだ。緩いマッシュ調の髪型は良く似合う。彼が座るソファーの前に位置するダイニングテーブルには、所狭しに本や紙切れが散らばっている。
「いえ、すいません。買い物とかじゃないんですけど、道に迷ってしまって」
「道に迷って? それは不思議だ。外で絡まれたりしなかった?」
「特になかったですよ。めっちゃ見られましたけど」
「見てたのに? ふむ...... あゝ、君は道が聞きたいんだったね。どうぞ、そこの席に座って。道は紙に書いてあげるから」 そう言って目の前のソファを指す。
良かった。いい人そうだ。これでエミリコと合流できる。
ソファに腰かけた、そして外套のフードを取る。
「うん? きみ...... あゝごめん! じろじろ見ちゃって。ところで、私は皆から師匠って呼ばれてるんだ」
「師匠?」
「そう師匠。君に道を教える、そして君は辿り着けるようになる。だから私は君の師匠さ!」
なるほど? 変わった人か。
「それで、君の事も教えてよ。きれいな青い目、おまけに白い髪。いい所の出の子なのかな?」
まあ、名乗るくらい良いだろう。俺は白髪、それにオーグナーの縁者だから、割と有名だ。
「レイク・オーグナーです」
師匠は首を傾げる。
「待って、君はオーグナー家の次男?」
「はい、そうですけど」
「ええと、君はドレイク、オーグナーじゃないの?」
ドレイク? 俺の兄貴の名前でもない。誰かと間違えてるのか。
「いいえ。レイク・オーグナーです」
「......あれ、おかしいな」
師匠はそう言いながら、机上に置いてある分厚い本に触れる。表紙には何か文字が書いてあるが、共通語では無い為、なんて書いてあるのかが分からない。
ペラペラと本をめくり、一つのページで止まる。師匠の指が、精密に印字された謎の文字なぞる。
「やっぱり、違う」 そう呟き、腕を組んで動きを止めた。
何か考え事でもしているみたいに、ときおり指先を自身の唇に触れさせたりなんかして。
そんな様子を幾分か続けると、こちらに視線を戻して話を続けた。
「ごめんごめん、勘ぐっちゃったよ。話は変わるんだけど、今すぐ自殺して?」
......
おん? 何だこの人、笑顔ですごく物騒な事を言ってんぞ。一瞬、聞き間違えかとも思ったが、やべえ事を言っている。
「え、ええ? 嫌です」
師匠は何が愉快か、自身のモモを叩き大きく笑う。なんだか、少し喜んでいる様にも見える。
え、なんなの?
「冗談だよ、ごめんね。所で、君は道に迷ってここに来たって言っていたけどね。それは違うんだよ」
違う? よくわかんないけど、早く地図書いてくれよ。
「そんな目で見ないでよ。ちゃんと地図は書いてやるからさ」
は? なんでこいつは俺が考えてたことを分かるんだ?
「この店にやって来るのは、何か願いがある人。それ以外は来れないんだよ」
なんか、変な事言ってんな。
ただ、何か願いと言えば...... ある。エミリコの呪いをなんとかしたい。
「......あるでしょ? 私に話してみなよ。きっと力になれるぜ?」
冷静になって考えてみると、この人は言動こそ変だが、別に危害を加えられた訳では無い。ただ、少し気味が悪い。
......もしかしたら、呪とかについて詳しかったりもするかも。
俺はエミリコの名前を伏せつつ、呪の事を師匠に話した。
「あゝ、呪い! 言い得て妙だね! 君が話したそれは役の所為さ。厄とも言うしね?」
そして師匠は話を始めた。