白い雪、ブラックコーヒー。
「半似兎陸役の美剣理加さん、入りまーす!」
今日は、ドラマの撮影日。早朝から夕方までこの寒空のなかほぼ一日中、N県の高原にあるゲレンデでの撮影だ。それもあって、ケータリングにはコーヒー、お茶、白湯など、温かい飲み物を中心に揃えられている。
「ではシーン153行きまーす!」
スタッフの一声を合図に、私達キャストの五人は所定の位置につく。
それと示し合わせたかのように、山々の向こうからゆっくりと太陽が昇ってきた。
「さん、にー……、……!」
カチンコが鳴り、世界へ入り込む。
「犯人さんはあなたです! 鶏肉さん!」
「「な、なんだってー!」」
「はて、今なんと言ったかのう?」
「何度も言うようだけど僕、半似兎陸だから」
「ま、まさか……、半似くんが犯人だなんて……!」
「朝の星座占いくらい信じられないわよ、そんなの!」
「はて、今なんと言ったかのう?」
「……じゃあ僕がどうやって、外謝さんの部屋の鍵をかけたっていうんだい?」
「犯人の半似さん、あなたの鶏肉……いえ、トリックさんはこうだ!」
「そ、それはまさか、鶏肉!?」
「なんて美味しそうなの!? 目に入れたって不味くないわ!」
「はて、今なんと言っt」
「そうです! 半似さんはこの鶏さんの手羽先さんを使って、部屋さんを密室さんにしたんです!」
「「な、なんだってー!」」
「わしゃあ耳が遠くてのう……。も、もう一度はじめから言ってくれんかのう……」
緊迫しているらしい謎解きシーンが、繰り広げられていく。
◇
「僕、君みたいな探偵初めて見たよ」
「もう……恥ずかしいじゃないですか」
「何か恥ずかしいこと、言ったかな。僕は、思ったことをそのまま言っただけだよ」
「……某、昨日初めて会ったときから、半似さん……いえ、兎陸さんのことが……運命の人さんだと、気づいていました……!」
「……ふふっ。刷り込みってコト、かい……?」
「……っ! と、トリさんはやっぱり、鶏肉さんで……」
「うん。鶏肉で」
「「乾杯」」
ターキーが入ったワイングラスをお互いにカチンと鳴らし、二人で夕暮れの空を見つめる。
そうして予めスタンバイしていた中空のドローンが、僕達をレンズに捉えながら高く、高く、引いていく。
「カァーーーーーーーーーーーーっット!」
「本日の撮影以上です! おつかれさまでした!」
十時間以上にも及ぶ撮影が、終わった。
「少し喉が渇いちゃった。白湯をを持ってきてくれるかい?」
「はい」
「ありがとうお母さ……にがっ! 僕が頼んだのは白湯なんだけど! ……うう、苦い……」
「一人称、『僕』のままになってたから。まだ役が抜け切ってないんだと思って飲ませちゃった」
「私コーヒー嫌いだって知ってるでしょ、お母さん!」
「でもこれでいつも、元の理加にリセットできるし……。克服されてもねぇ……」
このドラマで探偵役を演じていた美剣理佳……母に掴みかかろうとすると、ドップラー効果の飛行音を伴ってドローンが私達の顔の間を横切った。
「あぶなっ」
「あら?」
ドローンが飛んできた方向を見やると……そこには、蜂之音先生。厚手の上着に身を包み、両手はポケットに入れたままだ。
「……先生」
「先生?」
「よっ、少年」
先生はいつも、年下に対して「少年」と呼ぶ。それは、男女問わず……だ。
「たしか、担任の先生は……」
「あーいや、授業を一つ受け持ってまして……。お世話になってます」
「あのドローンを操縦していたの、あなただったんですね。撮影隊に起用されるなんて、ドローンはお得意なんですか?」
「あーまあ、そんなとこです。……女優の美剣理佳さんですよね? いつも拝見しています。今日も名演技でした」
「まあ、嬉しいっ」
お互い初対面の母と先生が、社会人同士として当たり障りのない挨拶を交わす。
「蜂之音さんは、元プロレーサーなんですよ。今日は、ラストシーンの空撮をお願いしていました」
私達の会話に、監督が割って入ってきた。
「そうなんですか!」
母と監督が、話に花を咲かせる。演技は好きだけれど、こういうのはあまり好きじゃない。日も暮れてきたし、早く帰りたい。
「……台本見て『苗字おんなじだなぁ』と思ってたけど、親子だったんだな」
こっそりと、蜂之音先生が話しかけてきた。
「悪い? 親子でラブストーリー演ってたら」
「いや、なーんにも。流石女優だなって思ったよ」
屈託なく、にしし、と先生が笑いかけてくる。
最近寒いからか、体調不良が続く。また、胸がチクっとした。
あの日と、同じように。
スケジュールの合間を縫って、病院で診てもらったほうがいいのかもしれない。