寒風はドローンと共に
「キス? ……あぁ、前に『花盛りの団子達』ってドラマで新田バッキンガムとしたよ」
新田バッキンガム。近年実力派俳優としてテレビにひっぱりだこの男性芸能人だ。
持ち掛けられた恋バナの最中にしれっと言い放つ私。友人は驚いたような、呆れたような、不満なような、色とりどりの表情を見せる。万華鏡みたいだ。
「理加、アンタそれあんまり言いふらさない方がいいよ。新田バッキンガムとキスしたい女の子なんてごまんといるんだから。殺されちゃうよ?」
別に、聞かれない限りは言わないし。
撮影シーンの内情は、ものによっては守秘義務が発生するし。
「かくいう私も……あっ、思いついた。ねっ、理加、キスしよ?」
「はっ?」
脳内検閲を強行突破した、たった一音。
「バッキンガムと間接ドッキンガムさせて~!」
反応が遅れた。急接近する友人の唇。私のそれと彼女のそれ、その間には、いったい何枚の紙を差し込めるだろうか。
熱を……吐息を感じるほど、至近距離。
キスなんて、これまで撮影で何度も経験してきた。
この距離感、この熱感。職業病なのか、感情と行動の分離を瞬時に身体がこなしてしまう。
身体が撮影モードに入ってしまった。反射的に受け入れようとしてしまう、私の肉体。
そんな肉体をプライベートモードに切り替えさせてくれたのは、教室の引き戸が開けられる音だった。
「よっ」
廊下からやってきた長身の女性。
外部講師の蜂之音梨苺桃先生だ。
そんな先生は、今日も何台ものドローンに教材を運ばせ軽い調子で手を振ってくる。