五十四話 果たすべき優先順位
「何かあったの?」
「いや⋯⋯。なんでも無い」
朝稽古が終わり、げっそりしている俺にアクエスが気遣うように声を掛ける。
稽古に集中出来ないのも、自分自身が不甲斐無いのもひっくるめて、嫌になりそうだった。
けれどここで喚き散らしたって何も解決しない。
幸い手がかりは見つかったのだから。
「ところで、歌姫から受けた依頼って?」
「実はだな——」
昨夜、オペラの観賞後、歌姫ローラ・カエルムから弟の捜索を依頼されたことを話す。
アイマスクについてはローラに聞いても分からなかったので、歌劇団の小道具担当に詳細を聞いて分かり次第連絡をもらえるように手筈は整えた。
「なるほどね。奴らの一員の水銀の連換術師と歌姫が生き別れの姉と弟だったと」
「そういうこと。だから、アイマスクの流通経路を追うよりも、ヴィルムの居場所を突き止めるのも一つの手だと思う」
「——それは分かったけど、どう探す?」
問題はやはりそこに行き着く。神出鬼没の根源原理主義派の構成員の居場所を突き止めるなんて容易ではないことは確かだろう。
思い当たることとすれば、もう一つしかない。
「セレスト家⋯…。ヴィルムの家名でもある、連換術の研究家一族に探りを入れる、もしくは接触するのは?」
「——でも、それははっきり言って危険行為。下手すれば連換術協会を危機に陥れかねないほどの。もし、水銀の連換術師とセレスト家が無関係ならどうするの?」
「それは⋯⋯」
アクエスの言う通り十分考えられることである。でも、他に手掛かりが無い以上、危ない橋を渡ってでも⋯⋯。
「後輩」
「なんだよ? あいた!?」
振り向いた矢先に額にデコピンを飛ばされる。しかも、結構痛い⋯⋯。
額を抑えて涙目になる俺にアクエスは今まで見せたことの無い真剣な表情で俺を叱る。
「色々あってグラグラ揺れてるのはわかる。シエラが連れ去られて不安になってるのも察してる」
「⋯⋯」
「でもいくらなんでも考えが短絡的。大変なのは後輩だけじゃないの。君の仲間たちだって少しでも事態が良くなるようにと動いてくれている。それを、浅はかな行動で全て台無しにする気?」
何も言い返せない——。確かに、浅はかすぎる考えだ。俺らしくも無い。
もし、この場にアクエスがおらず一人で暴走した結果、取り返しのつかないことになった場合、どうなっていたのだろうか——。想像したくも無い⋯⋯。
「いい? 順番に整理するよ。まず『1』、最優先で行うことはシエラの居場所を突き止めて助けること」
アクエスはいつの間にか用意していた紙にやるべきことを書き出していく。
1、2、3と番号付されたそれは優先順位のことかもしれない。
「次に、根源原理主義派の拠点を突き止めること。これは『1』を実行する過程で必ず達成しないといけない」
「それはそうだけどさ。情報が全く無いのにそれこそどうやって」
「なら訊けばいい。つい三日前、連中とつるんでたラサスムの元将軍さんが捕まったばかり。カマル王子に頼んで詳しい話を聞かせてもらったら?」
すっかり忘れてた⋯⋯。確かに地下に過激派教徒と一緒に潜伏していた元将軍なら何か知っていてもおかしくない。なんで、こんな簡単なことに気が付かなかった?
「将軍の容態については、カマル王子が現在は協会を取り仕切ってるようなものだから本部にも情報がいってると思う」
「そういえば、アルもしばらくは協会本部に居るって言ってたな⋯⋯」
今、連換術協会本部は教会から教皇の娘を連れ去られた責任を負わされそうになっている。
新興勢力のイデア派によって、本部の乗っ取りが行われそうになってるところを、ラサスム王家預かりとすることで教会からの干渉を防いでいるのが現状だ。
「——ん。何というか、後輩が厄介者と言われてる理由がこの上なく分かった気がする」
「本人ですら辟易してて、ある意味達観の域に達してるんだからそれ以上言わないでくれ⋯⋯」
「まったく⋯⋯師匠がそんなに頼りなくてどうするの。とりあえず『2』は元将軍から詳しい情報を聞き出すこと」
「分かった。それで『3』は?」
「それはもちろん⋯⋯。——グラナとシエラが再会すること」
「⋯⋯え」
「ん。世の中にはどうしても許せないものが一つある」
「えーと、それは?」
「めでたしめでたしで終わらない後味悪い物語の結末。だから『ローレライ』の物語は大嫌い」
そう言ってアクエスは紙に大きく『3』と書いた。
優先順位と銘打ってはあるものの、その全ては最後のやるべきことに集約されている気がする。気がする? ——何を言ってるんだ俺は。
「色々と切羽詰まってるのは分かるけど、そういう時こそ一回立ち止まって落ち着くことが大事。——エリルさんがよく言ってたこと」
「——————」
柄にも無いことを語った恥ずかしさからか、アクエスはふいっと顔を背ける。
アクエスにとってエリル師匠は命の恩人。少しの間だけでも師事していたことがあったのだろうか? その言葉は修行中に俺も空で言えてしまうようになるほど、何度も繰り返し言われた言葉だったから。
「——目は覚めた?」
「これ以上無いくらいバッチリな。今日やるべきこともはっきりした」
「ん。ならよし。長話してたらご飯冷めちゃった。食べたら早速、カマル王子に会いに行こう」
「それはいいけど、アルは今、協会本部にいるんだろ? 俺たちが顔出して大丈夫なのか?」
「なら外で会えば良いだけでしょ? それに用事を済ますなら一回で終わらせた方がいい」
「というと?」
「元将軍が収容されている帝城内。教会の妨害だって容易には出来ない場所。そこで会う段取りをつける」
話しながらもアクエスは片手で支えている茶碗に盛られた炊いた白米を、恐ろしい速度で平らげてゆく。ほかほかのご飯がみるみるうちに無くなっていく様子を、俺はただ唖然として眺めていた。




