五十話 ガルニエの歌姫
秘書の女性の後を追って辿り着いたのは、歌劇場の関係者しか入れない控え室の一室だった。
女性がドアを二回ノックし、中から「どうぞ」と鈴の音のような凛とした声が響く。
「ローラ様。グラナ様をお連れいたしました」
「ありがとう。そのままお通しして頂戴」
ガチャリとドアが開き俺とルーゼは控え室の中へと誘われる。宮廷の一室と説明されても遜色の無い室内は、出演する役者さんが本番まで心乱さず過ごすことが出来るように、落ち着いた色合いの調度品や淡いクリーム色の壁が印象的だった。
借り物の部屋の主である当の歌姫は、窓際から歌劇場の外を流れる暗い水路を眺めていた。
「えっと……。初めまして、連換術協会マグノリア支部所属のB級連換術師グラナ・ヴィエンデです。秘書の方から依頼があるとお聞きし参上いたしました」
俺たちが入ってきたことに気付こうともしない歌姫に、やや声の大きさを上げて自己紹介する。なんなのだろうか? この徹底的な無視ぶりは?
俺とルーゼがどうすれば良いのか困惑していると、歌姫がくるりと振り返る。
その何処かで見たことがあるような容姿は、一年前のマグノリアで対峙し、皇都に来る途中も汽車の中で鉢合わせしたとある人物を思い出させる。
「……ヴィルム? いや別……人?」
「その名を知っているということは、あなたがマグノリア支部の連換術師で間違いないようね?」
歌姫、ローラはそう言って気怠げな瞳を俺に向ける。自信に満ち溢れたキツイ顔立ちに右目下の泣きぼくろ。紺碧色の床にまで届きそうな長い髪を、ツーサイドアップにし、まるで獣の耳を生やしたかのような特徴的な髪型。
大人の色香を余すところ無く蠱惑的に演出する赤い情熱的なドレスは、舞台上でもお披露目していたもので、舞踏会にぴったりな装いだ。
二階特等席からでも圧巻された演技力を持つ女優の身から迸る圧に、思わず気圧されそうになる。
「そう構えなくても、取って食いやしないわよ? お子様は好みじゃないし」
「……。早速本題に入るが、俺に依頼したい内容とはなんだ?」
お子様という言葉にカチン……とくるが、一応は依頼主だ。無下な対応は出来ない。
それに目の前のいけすかない歌姫は奴の関係者のようだ。もしかしたら、俺達が知りたい情報も持ってるかもしれない。
「ところで、連換術師さん?」
「な、なんだ?」
「あんたの後ろにいるのは彼女?」
「はぁ?」
なんでそうなる? 俺の呆れ声にローラは何故かニンマリ笑っている。
何というか手玉に取られている感が半端ない……。
「いい度胸ね? ガルニエが誇る歌姫ローラ・カエルム様の控え室に、女連れで入ってくるなんて?」
「いや、ルーゼは付き添いというか何というか……」
「……グラナ? それはそれで聞き捨てならないんですけど?」
いつの間にかルーゼに首ねっこ引っ掴まれて呼吸が苦しくなる。
不可抗力だ……。
「痴話喧嘩なら他所でやってもらいたいんだけど。その様子見てると自業自得ぽいっし、それに乙女心分かって無さ過ぎ」
「あ、わかります? この男、鈍感で、無自覚で、タラシで――――」
余程これまでの鬱憤が溜まっていたのだろうルーゼは、ここぞとばかりに俺の痛いところを突いて突いて突きまくる。何だかローラが向ける視線も呆れみから蔑みへと変わっているし、俺は取り返しのつかない事でもしてしまったのか? と戦い以外で初めて恐怖を覚えた。
「話はよーく分かったよ、ルーゼさん。よく今まで我慢したね」
「ぐすっ……ローラさん」
何故かそのままヒシッと抱き合う二人はすっかり意気投合したようだ。出汁にされた方はたまったもんじゃないが、これも日頃の行い……ということなのだろうか。
「そこの鈍感スケコマシ野郎? この子に言うことあるんじゃ無いの?」
「うっ……。わ、悪かった……。その、色々と――」
「これに懲りたら、女の子と接する時は節度を弁えることね。返事は?」
「ハイ……」
しゅんと項垂れる俺の姿を面白そうに眺めていた歌姫は上機嫌に笑い出す。
その外見に不似合いなお上品とは言えない声でひとしきり笑うと、呆けている俺たちに向かって孔雀の羽の扇子をビシッと突きつけた。
「はー面白い! こんなに笑ったの久しぶり! 特に連換術師なんてお堅い奴らだと思ってたから、こんな情けないのがそうだったなんて意外だったね」
「……そりゃどうも。それで、依頼の内容は?」
散々な言われようだが、最初に感じた近づきづらい雰囲気はだいぶ和らいだ。
不本意ながらも、情けない姿を見せたことが信頼を勝ち取ることに繋がったらしい。納得はいかないが。
「それじゃ本題に入ろうかしら。――依頼内容は連れ去られた弟を探してもらいたいの」
「また厄介な依頼だな……。それでその弟の特徴は?」
「それはあんたがよく知ってるはずよ。――『水銀の連換術師』聞いたことあるでしょう?」
ローラの予想外すぎる依頼の内容に俺は言葉を失う。確かに俺は彼女の探し人である連換術師をよく知っている。一年前のマグノリアで、皇都に来る途中の汽車の中でと二回もやり合った因縁の相手と言ってもいいだろう。
「ローラさん。あなたはヴィルムの姉なのか?」
「……そうよ」
「それじゃあ、ヴィルムが全うな連換術師じゃ無いことも知ってると?」
「噂くらいはね」
「なら話は早い。あいつは帝国と連換術協会が定めた原則に違反した連換術師だ。探すのはともかく、身柄を確保した時点であいつは……」
「それぐらい、とっくの昔に覚悟してる。だけど、ヴィルムはね……たった一人の弟なんだよ。身内だから贔屓して欲しいなんて言わない。ただ……もう一度あの子と一緒の舞台に上がりたいだけなんだ」
「ローラさん……」
熱の篭った演技かと見間違えるほど、感情を顕にする歌姫にルーゼが寄り添う。
彼女の頬から一雫の水滴が垂れて床に落ちた。そもそも、帝国が誇る歌姫の弟が犯罪組織に所属しているなんて前代未聞だ。何故、表沙汰になっていないのか不思議なくらい。
けれど、涙を流してまで身内を想う姿に偽りは無い。何か深い事情があるのだろう。
俺たちには想像も付かない、こうなるに至った物語が。
「話してくれないか? 何故、ヴィルムは道を踏み外したんだ?」
「……いいわよ。あなた達になら教えてもいい。不甲斐ない姉と、優秀な弟がどうして袂を分かつことになったのか」




