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旧約 マグノリアの連換術師  作者: 大宮 葉月
二章 皇太女と砂月の君 後編
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四十七話 思いは言わなきゃ伝わらない

 正午を迎えた北地区、異国通りのカフェテリアは様々な国から来た人達で賑わっていた。

 ラサスムから観光に来たのだろうと思しき家族連れに、穏やかな雰囲気で仲睦まじい清栄人の老夫婦、蒸気船で南国からやってきたらしい陽気な青年達の集団などだ。


 俺とアクエスは混み合う店内の入り口の周囲を見渡すが、待ち合わせているはずのソシエの姿が見当たらない。おかしいな、北地区のカフェテリアと言ったら、ここしか無いはずなのだが。


「いないね、お嬢様」

「だな、待ち合わせ場所が違うのか?」


 周囲をキョロキョロと見回すが、やはりそれらしき姿は見当たらない。あの特徴的なブロンドの髪は見間違えるはずないのだが——。仕方が無いので、二手に別れて探そうとアクエスに声をかけようとすると、後ろから肩をちょんちょんと触られた。振り返ると、そこにいたのは避暑地のお嬢様のような涼しげな服装をしたソシエと、同じような服装をしているルーゼの姿がそこにあった。


「お待たせしましたわ、グラナとアクエスさん。商談が思ったより長引いてしまいました」

「いや、こっちも今来たところだ」

「⋯⋯」


 にこやかな表情のソシエと違って、傍らで突っ立っているルーゼの表情は何処か気まずそうだ。

 無論、同じような思いを懐いてるのは俺も同じだし、失礼なことを言ったことも十分身に染みた。


「裏路地に行きつけの静かなお店を知っておりますの。情報の交換はそこで行いましょう」


 往来では誰が何を聞いているか分からない。先に歩いていくソシエとアクエスの後を追うように歩き出す。すると後ろから俺の腕が遠慮がちに引っ張られた。


「ルーゼ?」

「——ごめん⋯⋯なさい」


 多くを語らないその一言にモヤモヤとしていた気持ちが晴れていく。長い付き合いである幼馴染みらしく無い、か細い声に俺は「気にしてない」とだけ前を向いたまま伝える。五年前、色々あってマグノリアで生活するようになってから、何もする気力が無くなってしまったルーゼを支える為に、安定した収入を求めて市街騎士団の門を叩いたことを思い出す。


 幸いなことに、その後ルーゼは大衆酒場の店長に気に入られて雇われ仕事に打ち込んだ結果、元気を取り戻した。——それでも塞ぎ込んだ幼馴染みの側にいてやることしか出来なかったことに、歯痒い思いがあったのも確かだ。


「俺も考え無しだった。この埋め合わせは後で絶対するから、でも今は⋯⋯」

「シエラちゃんのことが心配⋯⋯なんでしょ。私もシエラちゃんに謝りたい、ううん謝らなきゃ駄目なの。このままじゃ自分が許せそうに無いから」

「済まないな⋯⋯」

「グラナが厄介事を持ち込むのは慣れてるわよ。絶対に助けよう、皆で」


 堪らず後ろを振り向いた。少し長くなった栗色の髪は日々の手入れの賜物か艶めいている。

 よくよく見ないと分からないが、薄らと赤い唇が俺と同じで童顔の彼女の顔を少しだけ大人に見せかけているようだ。


 大人の色香のような普段とは違う雰囲気を醸し出す幼馴染みの姿に思わず胸が高鳴った。

 いつの間にか、俺たちも大人になっていたのだなと実感する。


「力を貸してくれるか、ルーゼ?」

「もちろん。そうと決まれば早くいきましょう」


 俺の手を握ったルーゼは小走りでソシエを追いかけていく。歩速を合わせて決してその手を離さないように俺もその後に続いた。


 ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


 異国通りの奥の奥、知る人ぞ知る茶屋は身体に良いと言われている東方のお茶を扱っている本格的な専門店だ。紅茶やコーヒーとはまた違った、豊潤な香りと苦味渋みがあるお茶と甘いお茶菓子を楽しむことが出来る女性に人気な隠れた名店だとか。


 清栄の和装を着た店員に案内されて、店の奥の席を確保した俺たちは注文をした後早速情報交換に入った。


「アイマスクの製造元であるオズワルド商会ですが、最近頭角を現した小さな商会のようです。主に金属製品が主力だとか」


 ソシエが調べた情報によると特定の店舗は構えず、受注を受けてから製品を作る方式を取っているとか。だが、その出来栄えはぽっとでの商会が扱うような品質では決して無く、高名な職人を抑えているのではないかと商人の達の間で密かに噂になっていたそうだ。


「マダムの情報は間違って無かったね」

「そうだな。流石、老舗の小道具屋の店主。界隈の事情はバッチリ押さえていたか」

「えーと⋯⋯。そのマダムというのは?」


 いまいち話の流れについて来れていないルーゼに昨日一日で掴んだ情報を共有する。

 西地区小聖堂の近くで小道具屋を構えるマダムが実は、マグノリア東街区の酒場の店長のお姉さんであること、そして小聖堂で俺たちを襲って来た蛇の刺青を入れた聖葬人について。

 

「そうなんだ⋯⋯まさか店長のお姉さんが皇都に——。じゃ無くて!!」

「ど、どうした!? そんなに血相変えて」


 俺の話を聞き「でも⋯⋯そんな、まさか⋯⋯」とぶつぶつ呟くルーゼは明らかに動揺している。その何処か思い詰めたような表情は、五年前マグノリアに来た頃、彼女の心ここにあらずといった状態を思い出して胸が苦しくなる。


 無意識に席から立ち上がっていたルーゼは、決して少なくは無いお客がいる店内で注目を集めてしまい恥ずかしそうに席に座り直した。そして気まずそうに透き通った茶色のお茶を啜る。


 一体どうしたというのだろう。さっき伝えた情報の中にルーゼと関わりがあるものはあのマダムぐらいだと思うのだが。


「⋯⋯大丈夫、ルーゼ?」

「だ、大丈夫よソシエ。ちょーっとだけ驚いただけだから——」


 ソシエがルーゼを優しく気遣う。まるで歳の離れた姉が妹に接しているように見えるのは俺の気のせい⋯⋯なのだろうか。マグノリアにいた頃も、この二人はそこまで親密な関係では無かったはずなのだが——。


「とりあえず、話を戻してもらってもいい? レンブラント商会のお嬢様が掴んだ情報はそれだけでは無いんでしょ」


 こんな時でもマイペースなアクエスがお茶をずずーっと啜りながら続きを促す。

 顔を赤らめたソシエは「コホン⋯⋯」と咳払いをすると、鞄から手帳を取り出しページの中程を開くとテーブルの上に置いた。


「これが現時点でレンブラント商会が掴んだ情報の全てです。オズワルド商会に最近特注のアイマスクを発注したのは現時点で三人。内一人は一般人でしたから除外するとして、怪しいのはこの二人ですわ」


 俺とアクエスは几帳面な字で書かれた手帳に書かれた、アイマスクの発注者の名前を確認する。そこに書かれていたのは、意外な人物の名だった。


「オペラ歌手、ローラ・カエルム?」

「ここ数年で一気に有名になった人よね? 確か今度の新作の主演も務めるって聞いてるけど」


 根元原理主義派(アルケー)の構成員を追ってたのに、何故オペラ歌手に行き着いたのだろうか? 繋がりが全く見えてこない⋯⋯。

 疑わしい人物が一人分かっただけでも取り敢えずは良しとして、もう一人は?


「シディア・セレストね⋯⋯。こんな大物がかかるなんて」


 もう一人の名前を読み上げるアクエスの声音は僅かながら震えが混じったものだった。

 皇都では有名な誰かなのだろうけど、俺にはその人物がどれだけ凄い人なのか分からない。

 それより気になったのはそのファミリーネームだ。——セレストと名乗った奴を俺は知っている。


「なぁ、アクエス? そのシディアという人はどういう人物何だ?」

「ん⋯⋯。セレスト家、聞いたこと無い? 大昔は錬金術の大家であり、現在は連換術の研究者を何人も排出してて協会からも一目置かれている研究家一族」

「セレスト⋯⋯確かに聞いたことございますわね。レンブラント商会でも大口の顧客ですわ」


 思いもかけない大物が根元原理主義派(アルケー)と繋がっている疑惑が出てきたことで、帝国で暗躍する秘密結社の規模が底知れないものであるとようやく実感出来た。それも、まさか連換術協会にもその手が伸びていたなんて——。


「話の規模が大きすぎてイマイチ実感湧かないけど、そのオペラ歌手も怪しそうね」

「そうだな。この状況で無関係と思うことは出来ないな」


 しかし、オペラ歌手か——。連換術師とはいえ一般人には違いない俺が、おいそれと近づくことも出来ない相手にどうやって探りを入れる?


「そういうことなら、実際に会いにいくしか無いのではなくて?」

「会いに行くって⋯⋯。伝手もなければコネも——」


 俺の戸惑いを他所にソシエは不適に笑って見せる。そして、再び鞄から数枚のチケットを取り出した。まさか、そのチケットは——。


「わたくしを誰だと思ってますの? レンブラントに不可能はありませんわ。明日から公演開始の『ローレライ』の初回チケットを確保するぐらい私には造作も無いことですのよ?」

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