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旧約 マグノリアの連換術師  作者: 大宮 葉月
二章 皇太女と砂月の君 後編
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四十六話 四象の型

 朝稽古に至るまでの短い回想を終え、再び道場に立つ俺を一瞥した武聖は、纏っていた闘気を霧散させると腕を下ろした。荒い呼吸を続けながらも構えていた俺に「あの馬鹿弟子は何を教えたのか⋯⋯」と何故か苦虫を噛みつぶしたような表情を見せる。


 よくはわからないが、師匠の教えが間違ってたのだろうか。


「グラナと言ったな。お前がエリルから学んだのは『玄武の型』だけか?」

「型⋯⋯ですか? 俺がエリル師匠から教えてもらったのはこの構えだけです」 


 聞いたこともない型の名称を聞かされて、俺は修行当時の記憶を振り返る。地に伏せる虎のように姿勢を低くし、相手の行動を冷静に見切り対処するというのが、エリル師匠から叩き込まれた体術の基本。慣れるまでは苦労したものの、自在に扱えるようになってからは剣を持った騎士が相手だろうが、素手でも互角以上に戦うことが出来るようになったと自負していたが。


「基本から教えないといかんようだな」


 そう言うと武聖は全身の力を抜き、両手を伸ばすように構えを変える。早朝の肌寒い風が道場内に吹き込み、火照った身体を冷ましてくれた。まるで肉食獣が爪を立てて威嚇するような構えに俺も再度構え直す。


 一瞬の静寂の後、目にも止まらぬ速さで武聖が間合いに踏み込む。空気が震えるほどの力強い踏み込みで小規模の地震が起きたかのような錯覚を感じた。


 腕を限界まで伸ばして放たれた目潰しをギリギリで躱す。こちらの自信が喪失するかと思うぐらい叩きのめされた後だ。稽古なんてのは建前であることぐらい、とっくのとうに見抜いている。流石は師匠の師匠と言うべきか。やはり実戦を通して身体で体得するのが一番早い、ということのようだ。


 躱すと同時に左足を一歩前に出し、武聖の側面に身体をずらす。体術使い同士の戦いは攻撃は最大の防御であり、防御は攻撃の機会を生む。ましてや達人クラスともなれば、下手に先に仕掛ければその隙を突いて組み敷かれるのが関の山。今、武聖の体勢は隙だらけだ。


 左足を軸にして回転し右回し蹴りをがら空きの胴に叩き込むが、次の瞬間。俺の視界は天地がひっくり返った。


「なっ⋯⋯」


 逆さに見える光景の中、中空に浮いた俺の胴目掛けて風切り音すらする回し蹴りを武聖が放つ。咄嗟に両腕で構えて防ぐが、衝撃で壁に叩きつけられた。


「がっ⋯⋯」

「獲物に牙を向ける時は、己もまた噛み殺される覚悟を持て」


 なんとか受け身を取って木製の床を転がる俺に、武聖が目を細めて告げる。これだけ滅多打ちにされているのに未だ骨が折れることも無いのは、絶妙な力加減をされているのもあるのだろう。


 ただ、理解不能だ。確実に隙を突いた攻撃にも関わらず、手痛い反撃をまんまとくらうなんて。

 痛む身体に鞭打って、なんとか起き上がる。するとある違和感に気づいた。


(構えが違う——)


 いつの間にか武聖が纏う気も変わっている。風一つ吹かない凪のような水面(みなも)を思わせる気だ。

 連換術師的に言うならば、水属性のエーテルの性質とよく似ていると表現するべきか。


「東方体術とはあらゆる状況に対応する武術。お前の地に伏せるような型は『玄武の型』と呼ばれるものだ。後の先、つまり相手が繰り出す一撃必殺に備え迎撃するのに特化したもの。——————手数には弱い」


 何処か諭すように武聖は俺に告げる。師匠が教えてくれたこの構えは『玄武の型』というらしい。他にもいくつか型があるのだろうか。さっき俺に仕掛けてきた武聖の構えは手を伸ばし五指を爪に見立てたものだったはずだ。


「私がさっき見せたのは『白虎の型』。風のように身体を軽くし相手に防ぐ暇を与えない連撃の構えだ」


 身体を前のめりにし、両手を伸ばして構えるその仕草は確かに、連続で仕掛けるには持ってこいの構えのように見える。実際、稽古とはいえ本気の目潰しを狙ってきた、武聖の勢いは鬼気迫るものだった。


「我が祖国、清栄にて祀られる四方を司る神獣の名を関する型は四つ。玄武、青龍、朱雀、白虎の型だ。その全てを総称して『四象の型』と呼ばれている」

「四象の型——」


 つまり俺が身体に染み込ませるまで使い込んできたこの『玄武の型』以外にも、本来ならば覚えるべき型があったということらしい。何故、エリル師匠は全ての型を教えてくれなかったのだろうか。確か師匠に師事するときに言われたのは、俺の風呼びの力を制御する(すべ)を覚えさせる為だったはずだ。


「清栄に置いて四方を司る神獣は互いに相克し合う存在と伝えられている。四象の型とは四つの型を神獣に見立て神獣の力を借りる行為を武術に昇華させたもの。拳を交えて確信した、お前の中には自身でも抑えきれぬ力が眠っている。ふとした弾みで漏れだす危うい神気にも似た力だ。『玄武の型』は風の化身と呼ばれる神獣、白虎の力を抑える為の型。地に足を着き人として繋ぎ止める為の型よ」


 人として繋ぎ止める為の型——————。何故かその言葉がすとんと腑に落ちる。

 セシルから教えてもらった、精霊の落とし子という存在。それが俺のことを指すのであれば、もしこの風呼びの力を完全に使いこなせた時、俺はどうなるのか——————という疑問が浮かんだ。それは人であって人で無くなるという意味なのかも知れない。


 師匠が授けてくれた地に伏せるように腰を落とす構え。玄武の型と呼ばれるそれは、俺の力を東方武術の由来を持って封じ込める型だったようだ。この型を叩き込んでくれたエリル師匠の真意を知り、胸から込み上げてくる何かを必死に堪えた。


「娘からの話だと、お前が教会に拘束されるまでの期限は後三日という話だったな?」

「え? ⋯⋯はい、そうです。帝国で暗躍する秘密結社、奴らに連れ去られた俺の弟子⋯⋯教皇の愛娘を取り戻さない限り、俺は教会の管理下に置かれると聞いてます」

「フン⋯⋯妙な巡り合わせもあったものだが、あの馬鹿弟子が残した孫弟子の為だ。時間は余り残されていないが、せいぜい鍛えてやる。三日後の皇太女の儀までに、我に一撃入れてみせよ。それが出来ない限り、これ以上の成長も無いと思え」


 そう言って武聖は完全に構えを解いた。纏っていた闘気も雲散霧消する。

 どうやら、朝稽古はこれで終わりのようだ。

 ようやく一息付けた俺は道場の壁を背に座り込んだ。確かに過酷な修行だ、エリル師匠以上のしごきといってもいい。だけど、身体が随分と軽くなった気がする。澱んでいた気が綺麗に浄化されたような清涼感が心地よい。


 激しく動いている最中は感じることはなかった空腹を猛烈に感じた。確か、朝食をアクエスが準備していたはずだ。母屋に向かおうと立ちがった時、アクエスが道場にひょっこり顔を覗かせていた。


「おはよう、先輩」

「おはよう、後輩。モスクから本部からの電信連絡がさっき届いたよ。ソシエさんがアイマスクの件で何か情報を掴んだみたい。お昼頃に北地区のカフェテリアで待ち合わせだって」

「了解だ、先輩」


 ソシエからの呼び出しか、今日も忙しくなりそうだ。目まぐるしく変わる状況に置いていかれないように、食らいついていかないと。

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