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旧約 マグノリアの連換術師  作者: 大宮 葉月
二章 皇太女と砂月の君 前編
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secret episode part2 I.D 463 聖地にて

「精霊から啓示を受けた⋯⋯ねぇ」

「何よ? 私の言ってることが信じられない⋯⋯とでも言うの?」


 帝国の東、国境近くに位置する精霊教会の聖地『グリグエル』。

 道中トルスに付き添ってもらうこと約三週間、エステルはようやく自身を呼び出した教皇と対面を果たしていた。前回に来たときは赤黒病(せきこくびょう)を患った教皇の治療の為、二ヶ月近く拘束されていたのだ。その間、教皇は高熱にうなされ話すことなど出来なかった。教皇とまともに会話するのはこれが初めてである。


 今回、エステルが聖地まで赴いたのも、その後の経過と奇跡を用いた後遺症の確認の為であった。


「いや、僕の命の恩人の言うことだから、出来れば信じたいけど⋯⋯。なんせ精霊を見たことがないからねぇ〜」

「——呆れた。あんた、それでよく教皇なんて務まるわね⋯⋯」


 エステルはベッドの上で両手を上にあげて、ひらひらと振る年若い教皇に呆れた眼差しを向ける。まだ青年と呼んでも差し支えず、子供のようにあどけない第十三代教皇猊下は、からからと楽しそうに笑っていた。まるでエステルのことを年の近い友人として付き合っているような、そんな様子だった。


「あっはっはっは、本当にね。よくこんな病弱を教皇に推挙しようなんて考えたものだよ。まぁ体のいい傀儡にしたかったんだろうねぇ。あの緋色の胡散臭い枢機卿達は」

「そこまで分かってて、敢えて教皇に即位したあんたの正気を疑うわ。⋯⋯『迷える民の為の精霊教会』が聞いて呆れるほどの実情ね?」


 本当、その通り、その通り! と教皇は愉快そうに笑い転げている。治療しただけ無駄骨だったかしら⋯⋯とエステルが天井を見上げた。


 東の砂漠の国の首長より送られた東方伝来の精霊天井図。色とりどりの精霊が天を舞う幻想的な丸天井は、星明かりが射すことで真の姿を現すという。残念ながら、この天井図がある場所は帝国に置いてこの部屋だけ。何となく夜にこの天井図をじっくりと眺めたいと思っているエステルだったが、それはこの変わり者の教皇と一晩を共にするということだ。それだけは、どうしても嫌だった。


「それでエステル? 精霊は君に何て言ったんだい?」

「興味なさそうな振りしといて、興味深々ね⋯⋯。教えてあげてもいいけど、一つだけ条件があるわ」

「条件?」


 自身の知的好奇心を満たす質問の答えに、交換条件を付けられた教皇はきょとんとしている。


「そう、条件。——赤黒病の根本的治療の為にどうしても必要らしいの」


「それは⋯⋯なんだい?」


 エステルは懐から一枚の折り畳まれたヴェラム(羊皮紙)の切れ端を取り出すと教皇に渡した。そこに書かれていたのは、彼女が精霊から告げられたあることについての情報だった。


七虹山(しちこうさん)? ここに何が?」

「あの丘に現れた精霊はこう言ってたわ。赤黒病を治療する為に必要な石がここに眠っている⋯⋯と」

「⋯⋯」


 確かに⋯⋯にわかには信じ難い話だ。エステルの力を持ってすら、完全に治療することは出来ない病を石一つで何とかなるなんて、夢物語にもほどがある。だが、精霊が嘘をつくのはもっと考えづらい。だって彼女は精霊と言葉を交わすことが出来る、唯一の人なのだから。


「いいだろう⋯⋯。赤黒病のことは我々に任せて、君はさっさとその石を取って来るといい」

「⋯⋯いいの? その間、私は貴方のことを診てあげられないけど?」

「元々、病弱だし長生きは難しいと散々脅されているからね。⋯⋯まぁ両足が動かなくなるのは、流石に想定外だったけど。お陰で君という貴重な人間と知り合うことが出来た。病に感謝したいくらいだ。ほんの少し——ね」


 そう言って教皇はにこりと笑って見せる。

 エステルは唐突に見せられたその笑顔に、危うく心を持ってかれそうになるが、ブンブンと首を降って正気に戻る。交渉は取り敢えずのところは成立のようだ。


「でも、その山が何処にあるかも分からないけど、一人で行くつもりかい?」

「流石に女一人で旅なんて出来ないわよ。⋯⋯頼りないけどトルスについて来てもらうつもり」

「ああ⋯⋯騎士なのに剣持って無い彼ね。他には?」

「宛てがあれば他にも声を掛けてるわよ。それより、教会内には腕っぷしの立つ人はいないの?」


 教皇は遠回しな旅の同行者を求められて、うーん⋯⋯と考え込んでいたが、ふと何かに思い至ったようで、ぽんと両手を叩いた。


「そうだねー。僕の弟、トライシオンなんかどうだろう? 僧兵団の中でもかなり腕が立つし、旅に出たがってたから本人も断らないと思うよ?」

「貴方の弟? ⋯⋯まぁいいわ、それで手を打ってあげる。で、何処にいるの?」

「この時間帯なら、練武場だろうね。弟は僕と違って、人見知り激しいから紹介状でも書いとこうか?」


 教皇の申し出を、しかしエステルは断った。必要ない——と、バッサリと。かくして、教皇の部屋を後にしたエステルは急ぎ足で練武場へと向かう。


 残された教皇は⋯⋯、エステルが部屋から退出するまで見届けた後、激しく咳き込んでいた。

 口元を押さえた片手が血が混じった唾液と痰で赤く滲んでいた。


「頼んだよ、エステル。僕は⋯⋯もう長くはなさそうだから」


 片手の汚れを清潔な布で拭き取った教皇の顔は、まるで死期を悟ったかのような青白い顔つきで、その瞳は精霊天井図の一角⋯⋯とある精霊に向けられていた。

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