二十一話 Second day ラスルカン教モスク
翌日。
俺、シエラ、アクエスは公爵邸を出発し中央街区にあるゴンドラ乗り場で観光客に紛れ列に並んでいた。
朝から二人の浮かない顔が気になるが、大方女子同士で集まって夜通し話込んでたとかだろうし⋯⋯と思い特に言及はしない。二人の視線がやけによそよそしいのが気になったところで、シエラから遠慮がちに声を掛けられた。
「⋯⋯師匠。昨日、ルーゼさんに何を言ったのですか?」
「何て⋯⋯普通に謝っただけだけど?」
「シエラ、はっきり聞いた方がいい。この男、謝罪の意味をたぶん勘違いしている」
シエラからのよく分からない質問と、アクエスからの非難するような物言いに思わず、むっ⋯⋯となるがぐっと堪える。つまり⋯⋯二人が聞きたいのは俺がルーゼにどのように謝ったか、その内容の事らしい。
「普通に最近、忙しくてあまり構ってやれなくてごめんな? って伝えただけなんだが⋯⋯」
『『⋯⋯』』
なんだ?? 二人が俺を見る目がそこら辺に落ちているゴミでも眺めるような、冷ややかなものになったような??
「⋯⋯だめだこいつ。流石に⋯⋯乙女心が分かって無さすぎる」
「同感です⋯⋯。私もちょっぴり幻滅しました⋯⋯」
二人の呆れるような表情になんだか急に罪悪感が湧いてきた。
そういえば昨日、ルーゼにも同じような事を言われたような⋯⋯。
何か⋯⋯決定的な間違いをしてしまった⋯⋯のか? 俺は?
気づけばいつの間にか行列の先頭に押し上げられていた俺達は、微妙な空気の中ゴンドラに乗り込み皇都の北地区に向かうのであった。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
静かな水面の上を緩やかにゴンドラは進む。
これから向かう北地区は、皇都の中でも異国人が多く生活している地区だ。
観光客で溢れかえる東地区とはまた違った趣があり、住んでいる住人達の故郷の文化が色濃く反映されている街並みは、知る人ぞ知る皇都の隠れ観光名所でもある。
砂漠とオアシスの国ラサスム。七色石が採掘出来ると伝えられる七虹山を国土に抱え高原にある小国”シャンオン”。トリスメギテス大陸の最東端に位置する大国”清栄”。その他にも様々な異国文化溢れる建物がずらりと並ぶ様は、大陸の歴史がまるで凝縮されているかのようにも感じるとか。
目指すラスルカン教のモスクはこの地区の奥まった目立たない場所にあるらしい。
船着場に到着したゴンドラから降りた俺たちは、船頭にチップを払い北街区へと足を踏み入れる。
目の前に映る極彩色が目立つ街並みを、シエラはもの珍しそうにキョロキョロと眺めていた。
「わぁ〜。帝国では見ない様式の建物ばかりですね〜」
「ん、異国の人達が多く暮らしてるからだろうね。出店も沢山並んでるから、ここに来るといつもお腹が空く」
言ったそばからアクエスがくーとお腹を鳴らしている。
朝⋯⋯あれだけ食べていたのに、もうお腹減ったとかこいつの胃袋はどうなってるんだか。
水の連換術師は皆こうなるのだろうか? と腕を組んでうむむと唸っていると、
「師匠⋯⋯。何か失礼なこと考えてません?」
「え?? ⋯⋯そんなわけないだろ?? ははははっ⋯⋯」
渇いた笑いで白々しく誤魔化すが、先ほどのこともあってシエラが俺を見る目は冷たい。
いつまでもこの雰囲気を引きずってると、今日の調査にも響きそうだ。B級に昇進したことで協会から支給される支援金も増えたところだ。ここは切り替える意味も兼ねて二人に御馳走しようと腹を決める。
「⋯⋯何か悪い事をしたことはよーくわかったし反省する。後でルーゼにも、もう一回ちゃんと謝りたい。頼む⋯⋯二人共。食べたい物なんでも買ってあげるから、その代わり何が悪かったのか俺に教えてくれないか」
道端で二人の前にエリル師匠から習った謝罪のポーズを取る。
両膝を地面につき頭を深く下げる姿勢。東方の言葉で”土下座”というらしい。
因みに叱られる時は、両膝を畳んで揃えて座る『正座』というのをよくやらされていた。
俺の突然の行動にシエラとアクエスも目を見開いて驚いている。
「し、師匠。何もそこまでしなくても——」
「というか謝る相手が違う。これは自分で気づかないと意味が無い。⋯⋯ま、好意はありがたく受け取る。じゅるり」
あわあわと俺を無理やり立たせようとするシエラと対照的に、アクエスは早速近くの出店で店主と何事か話した後、焼き串を両手で器用に大量に持ってこっちに戻って来た。
口を動かしていないのに、串に刺さった肉が瞬きする間に消えていってるのは目の錯覚で済ませていいのだろうか
ちらと横目で東方風の割烹着を纏った店主を見る。クイクイと手招きをした後、ニッコリ笑顔で俺に向かって手を差し出している。⋯⋯握手ではなく、掌を皿のように差し出して。
「おまっ⋯⋯いくらなんでも、限度てものがあるだろうが!?」
「後輩⋯⋯一つ教えてあげる。———男に二言は無い。これ、東方で有名な言葉」
こいつ⋯⋯、まさか東方の言葉も知ってるのか??
俺は底無しの胃袋を持つアクエスの前で軽々しくご馳走する⋯⋯などと言った事を、心の底から後悔しつつ渋々と店主に代金を支払うしかなかった。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
アクエスの食欲に戦線恐々としつつ、これ以上の財布への被害を極力防ぐ為に、早足で目的地であるモスクへと向かう。道の両側には鬱陶しいくらい客引きを怠らない出店が続き、早くも来るんじゃなかったと嘆息するしかなかった。
「あ、次あれ食べたい。あのやたらと粘っこいジェラートみたいなやつ」
「え⋯⋯。まだ、食べる気ですか?」
「⋯⋯却下だ、却下。ほら、さっさとお祓い済ませて仕事するぞ、仕事」
何故かは分からないが他国の言葉も流暢に話せるアクエスは、目を離した隙にすぐ手に食べ物を持って戻ってくるので、そうはさせまいとさっきからシエラと二人で腕を握って勝手に行動させないようにしている。
全く⋯⋯これじゃいくらお金があったって、速攻で食費に化けるだけじゃないか⋯⋯。
「さっきから腕を引っ張られて痛いのだけど?」
「我慢してください、アクエスさん。師匠を破産させるわけにはいかないのです」
昨日の一件で流石A級連換術師は一味違うな⋯⋯と思ってたが、今は逆だ。
なんで、こんなのがA級なのか?? 連換術協会の評価の仕方はどうなってるのか??
とりあえずアレンさんからの依頼がひと段落したら、ミシェルさんを問い詰めよう——。と、俺は心に硬く誓う。
そうこうしているうちに、ようやく出店が並ぶ通りから抜け出した。
道の両側に並ぶ住居も暑い地方を意識した、通気性が良さそうな建物が目立つようになってきた。
皇都は確かに夏の間でも涼しくて過ごしやすいが、それは水路が張り巡らされている富裕層が住む上層に限ってだ。
けれどこの北街区から先。どの都市にもある貧民街はその限りでは無い。
「あ⋯⋯。あの屋根が丸い建物がラスルカン教のモスクですか??」
「ん、その通り。あそこがモスク」
アクエスが指差す先にはこじんまりとした小さなモスクがある。
日陰に佇むその外観はクリーム色の石材のようなもので組まれているようだ。
石壁をくり抜いたような入り口に扉のようなものは無く、中からは嗅ぎ慣れないお香のような匂いもする。
俺とシエラは異国情緒溢れるその外観にしばしの間、見とれていた。
「もう、目的地には着いたのだし、そろそろ離して欲しいのだけど?」
「あ、ああ。悪い⋯⋯」
腕を握っていた手を離すと、アクエスは不機嫌そうな顔をしながらさっさとモスクに入っていく。
俺とシエラもその後を追うように、モスクの中へと足を踏み入れる。
内部は外観からは想像できないほど奥行きがあり、肌を露出しない民族衣装を着て礼拝している参拝客がちらほらいるようだ。確かラスルカン教において女性は所帯を持った男性以外には極力、肌を見せないことが戒律なのだとか。
市街騎士団詰所の書庫で読んだ本には、そう記載されていたことを思い出す。
絨毯が敷かれた中央の通路の先に、手を何本も生やした強面の像が飾ってある祭壇が見えた。
あれがラスルカン教の唯一神、『アンスル』なのだろうか?
シエラも初めて見るようで、食い入るように像をじっ⋯⋯と眺めている。
「おや⋯⋯。誰かと思えばアクエスではないですか? 今日は何用で?」
「やっほー、祈祷師のおばちゃん。今日はこのモスクにお金を落としてくれるカモを⋯⋯」
「誰がカモだ、誰が。⋯⋯おい、アクエス? ここはタダでお祓いしてくれるところじゃ無かったのか??」
余りの言われようについカッとなる。当のアクエスは口笛を吹いて涼しい顔だ。
こいつ⋯⋯最初から、出店で買い食いしたいが為だけに俺たちをここまで連れて来たのか?
俺とアクエスがバチバチと視線で火花をぶつけ合ってると、祈祷師が「はあ⋯⋯」と大きなため息をついた。
「アクエス? 駄目でしょう? 騙して連れて来たりしては? 貴女が心配するほど、このモスクはそこまでお金には困っていませんから」
「でも、おばちゃん? 彼、本当に厄介なジンに取り憑かれてるみたいだから、ここでふんだくっといた方がもうかるよ?」
話がさっぱり見えないが、要するにまた何かに巻き込まれたことだけはよーく分かった。
それにしてもジン? なんのことだ一体?
聞き慣れない単語に首を傾げていると、アクエスと祈祷師の会話に割り込むようにシエラが口を開いた。
「ジン⋯⋯。ラスルカン教における精霊⋯⋯のことですね?」
「おや? お嬢ちゃん物知りだね? どうしてそれを?」
目を丸くした祈祷師がシエラに興味が移ったように尋ねる。
シエラは⋯⋯複雑な気持ちを表情に出しながらも、静かに⋯⋯その問いに答えた。
「私は⋯⋯精霊教会の見習いシスターですから。精霊という概念も元を辿ればラサスムから帝国に持ち込まれたものであることも⋯⋯知っています」
「なるほど⋯⋯。教会の人間は私達に冷たいけれど、お嬢ちゃんは違うみたいだね。良いよ、そこにいる彼に取り憑いているジン、視てあげよう」
「⋯⋯おばちゃん」
アクエスは何か言いかけるが、それきり黙ってしまった。
とにかく何かこのモスクも問題を抱えているということかも知れないが、それが何なのかはさっぱり見当も付かない。
それに精霊の概念がラサスムから持ち込まれたもの⋯⋯か。
初めて聞いたな⋯⋯それは。
「割と有名な話なんだけどね? ⋯⋯どうやら精霊教会が史実をねじ曲げてるようだし、知らないのも無理ないかもね〜」
なるほど⋯⋯勉強になるな。
ちょっと待て、この軽薄そうな声は⋯⋯!?
「や。一昨日ぶりかな? グラナ?」
「あ、アル!? 何でお前がここに!?」
場の空気をぶち壊す軽薄な声に後ろを振り返ると、お忍び用のドラ息子風装束を着たアルが白い歯を光らせ満面の笑みを浮かべていた。




