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旧約 マグノリアの連換術師  作者: 大宮 葉月
二章 皇太女と砂月の君 前編
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十話 ディナーと公爵の本音

 かってない程、緊張と胃痛が半端無いディナーであったが、公爵⋯⋯アレンさんの計らいか、皇都の庶民が普段からよく食べているエルボルン大河で取れた淡水魚を中心とした身体に良さそうなメニューだった。

 

 だが、流石は貴族の舌を満足させる料理人達が作った品の数々。

 香草とニジマスの包み焼きから始まり、夏の暑さを忘れる冷たいじゃがいものビシソワーズ、美味しそうに炙られた何種類もある腸詰めに、豚肉を叩いて薄く伸ばしたシュニッツェル、旬の野菜で色鮮やかに彩られたサラダなど、だ。

 

 それなりに自炊はしてるものの、やはり旅の醍醐味といえば食事。

 八年前にエリル師匠と皇都に来たときはやたらと肉料理ばかり食べさせられたな、そういえば。


「 美味しい〜。このシュニッツェルとか酒場のメニューに追加出来ないかしら?」

「淡水魚は海水魚と比べると味は落ちる⋯⋯と思ってばかりおりましたが、これは——。認識を改めなければなりませんわね。ハーブで臭みを消してレモンと一緒に包んで焼くことで、ここまで美味しくなるなんて」


 ルーゼはともかく、舌の肥えてそうなソシエまでこの有様だ。

 というか、見てたらお腹空いてきたな。


「師匠? 食べないのですか?」

「⋯⋯さっきまで胃がキリキリしてたんだが、やっと治ったみたいだ。心配してくれてありがとな、シエラ」


 俺は目の前に置かれた腸詰めを切り分けて、フォークで口に運ぶ。

  パリッとして溢れ出す肉汁、八年前に食べた物より遥かに旨い。

 そんな俺達の食事風景をアレンさんは時折、側に控えるフューリーさんにワインのお代わりを頼みながら、楽しそうに眺めていた。


「うむ。やはり食事は賑やかな方が良い。酒も進むというものだ!」


 そう言って機嫌良さそうに俺達と賑やかに談笑する姿はお貴族様というより、面白い親戚の叔父さんのようでもあった。仲良くなるなら食卓を共に囲むのが一番だと、聞いたことはあるけど正にその通りだなと思う。


 こうして、皇都初日の夜は楽しく時が過ぎてゆくのであった。


 ☆ ☆ ☆


「はー、食べた食べた」


 夕食後、案内された寝室で上着を脱いでベッドに座る。使われている寝具も日干しされた物なのかふかふかで、疲れもあるから今夜は良く眠れそうだ。


「——皇都か」


 初めて皇都に来たのは今から八年前。エリル師匠に連れられて連換術協会本部で連換術師の登録をするために来たのだった。生まれが帝国でも南端に位置するミルツァ村であり、あまり遠出する機会もなかったので初めて見た皇都の景色は今でも忘れたことは無い。

 

 確か、そのときに一回だけ師匠とはぐれて迷子になり、後でしこたま怒られたっけか。……罰とし修行と関して大河下りさせられたのだったな。

 で、迷子になってるときに当時の俺よりいくらか幼い少女と知り合い、一緒に楽しく遊んだ記憶をちらっとだけ覚えている。

 俺がしばらく過ぎし日の思い出を回想していると、不意にトントンと部屋のドアがノックされる音が室内に響いた。


「はい?」

「あ、おやすみ中のところすみません。師匠」


 シエラか? 確か夕食の後、公爵邸自慢の浴室へルーゼとソシエと三人で湯浴みに行くとか言ってたような。

 

 今行くよ、と一声かけて俺はベッドから立ち上がる。ドアを開けると、まだ髪がしっとりとしているシエラが立っていた。流石に動きやすい部屋着に着替えたようだが。


「どうした?」

「えと、その伯父様から師匠を呼んで来て欲しいと頼まれて」


 ——とうとう来たか。出立前の手紙にあった話したいこと。

 内容がどうであれ、やっぱりあのことだよな。シエラからアレンさんは五階にある談話室で待っていると告げられる。一人で来て欲しいとも。

 

 俺はシエラに今日は明日に備えて夜更かしせずに早めに休むこと、と一言添える。その後、一人で五階にある談話室へと向かった。


 ☆ ☆ ☆


 談話室というより、サロンのような雰囲気のスペースにアレンさんは一人、バーのカウンターの席に腰掛けグラスを揺らしていた。夕食の席であれだけ飲んでたのにまだ飲めるとは。エリル師匠に匹敵するほどの酒豪かも知れない。

 俺は少しだけ呆れつつ、頭を切り替える。——さて、どんな話の内容になるのやら。


「来たかね、グラナ君。まぁ、座りたまえ。何か飲むかね?」

「いえ、けっこうです。それより話とは?」


 単刀直入に切り込む。俺のその臆せぬ物言いにアレンさんも察してくれたのか一口グラスに口を付けるとこう切り出した。


「——君はシエラについて、どう思っているのかね?」

「どう⋯⋯ですか?」


 改めて聞かれると答えづらい質問だ。出会ったのは本当に偶然、でも今ではかけがえの無いパートナーであり、そして連換術の師弟の契りを結んだ自慢の弟子でもある。ただ、アレンさんが求めている回答はそれでは無いのだろう。


「自分でも、まだよく分かってません。ただ、彼女が連換術を学びたいという信念は本物です。俺は⋯⋯出来ればその手助けをしたいと思ってます」

「——そうか」


 アレンさんはグラスの中身を一息で煽るとカウンターに静かに置いた。

 そして、前を向いたまま静かに話し始める。


「本音から言わせて貰うと、私はシエラが連換術を学ぶことは反対だ。——無論、その理由は分かるな?」

「シエラが聖女の子孫⋯⋯だからですか?」


 アレンさんはそれもある、と前置きし続ける。

 その内容は、あまり聞きたく無い類いのものだった。


「シエラは精霊教会の現、教皇猊下の愛娘でもあるからだ」

「——え」


 な、なんだって!? シエラが教皇の愛娘!?


「クロイツ・プルゥエル教皇。我が妹、アリア・ビスガンドの夫でもある。ビスガンド家は帝国政府と精霊教会との中継役でもあり、板挟みにもなっている⋯⋯と説明すれば分かってくれるかね?」

「初めて知りました⋯⋯」


 考えたことはあった。シエラの持つ特殊な力は聖女の子孫ゆえのものでもあるが、その元となった血筋と生まれは何処のものなのか、と。それが、まさか現教皇の愛娘であったなんて。


「でも⋯⋯それでは、尚更理解出来ません。教皇を父に持つシエラが何故、教会の中でも異端視されている過激派にいいようにされてたのですか!?」


 二ヶ月前のエーテル変質事件の首謀者は確かに聖堂の司祭だった。しかし、その裏では根元原理主義派(アルケー)により、マグノリアの何処かに封じられている空想元素の回収が密やかに行われていた。

 

 東街区の外れにある朽ちた教会。その地下で見つかった聖人の墓標と見るもおぞましい、その亡骸が変わり果てた姿。

 

 ——見ないほうがいい。


 調査に立ち会ったクラネスとロレンツさんは、俺とシエラにそのように告げ、朽ちた教会は以後厳重に市街騎士団の管理下に置かれることになった。近く、皇都の連換術協会本部と親衛騎士隊による、合同研究調査が行われる予定だ。

 

 そして、これらが明るみになったのも、全てはシエラが過激派の手によってマグノリアへと運ばれたから、といっても過言では無い。


「精霊教会の中ですらも一枚岩では無い。隣国ラサスムのラスルカン教過激派の思想のように、宗教とはありとあらゆる解釈が出来る側面がある。教皇の権威は既に失墜し、枢機卿のいずれかが実権を握っているのだろう。帝国内部の情勢と治安が前皇帝陛下亡き後、急速に乱れ始めたのも決して無関係ではあるまい」

「——————」


 まさか、あの事件の裏にそんなことが隠されていたなんて、想像も出来なかった。だが、これで一つ明らかになったことがある。


 五年前の異端狩り。あれは現、教皇が命じたものでは無いということを。

 

 確か一年前もこんなことがあったな。あのときはソシエからクラネスの重すぎる過去を聞いたのだっけか。

 

 なんというか、十一年前の宗教紛争から全ては仕組まれていたのかも知れない。

 今だ影も形も痕跡も残さない謎の『ストーリーテラー』によって。

 アレンさんは一息つくと、ピッチャーからグラスに水を注いだ。一口含むと

 疲れたように溜息をついた。


「私がシエラに連換術を学ばせたくない理由。——理解出来たかね?」

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