五話 迫るタイムリミット
立ち塞がるラスルカン教過激派の連中を撃破しながら、俺とアルは列車内を機関部に向かって突き進む。過激派の連中が構える武器はやはり、東の国由来の物が多いが中にはちらほら銃機を構えている奴もいる。遠距離から確実に相手の命を奪うこの物騒な武器は、近年帝国のみならず諸外国でも配備されつつある鉛玉を得物とする命を刈り取る機構だ。
貴族国家であるともいえる帝国に置いては、伝統を重んじて未だ剣を使う騎士も多いが、やがて完全に戦いの主役が“銃機”にとって変わられるのも時間の問題だろう。
「はっ!」
俺は前方から振り下ろされる円月刀を左手の籠手で弾くとガラ空きの胴に掌底を叩き込む。面白いように吹っ飛んだ過激派の男は、後ろで銃を構えていた奴を巻き込んで固定されている貨物にぶち当たる。
よし、前が開けた!
「ナイス! グラナ! にしても張り合いが無いねぇ。同じ同郷の者として情けなくなってくるよ」
「有象無象の暴徒なんてこんなもんだろ。まぁ、アルが強いことは認めてやる」
実際、ヴィルムに操られていた乗客も傷つけることなく上手くあしらっていたようだし、円月刀を使った独特な東方剣術も目を見張るものがある。
サイード王家。古くから存在し何代にも渡って、国土の大半が砂漠で覆われたラサスムを統治してきた伝統ある王族。
その王子が帝国にお忍びで来てたとはな。何の用かは知らないが、別に聞くことでも無いか。
「何か聞きたそうだね? その表情だと?」
「別に。俺が会ったのはラサスムから避暑に来た少々腕の立つ道楽息子だ。ほら、さっさと行くぞ」
「——これは天然タラシだねぇ。⋯⋯本人は無自覚なのがいっそう立ちが悪い」
アルにさりげなく馬鹿にされた気もするが、構ってられるか。
貨物車両を抜けると再び客車が続く。汽車の前方は庶民が主に搭乗する三〜五等車両だ。後方は主に貴族や懐に余裕があるもの達が搭乗する上級客車と分けられている。
「なんだ? お前たちは? どうやってここに?」
「だから、悪党にいちいち説明する義理はねぇ!」
車両内の乗客は一人残らず縛られて一ヶ所に固まっている。俺は一目散に駆け出すと出会い頭に呆けている過激派の男に飛び蹴りを叩き込んだ。
「貴様! この乗客達の——」
「やらせるかよ!!」
乗客に銃機を向けた過激派の男の鳩尾を拳で殴る。一発で悶絶した男を足で脇にのけて後方に控える男達を見据える。人質を盾に有利に立ち回ろうとしているようだが、要は先に戦闘不能にしてしまえばいい。一体多数で戦う時の心得は速さで圧倒すること。市街騎士団時代に散々やってきたことだ。
「あの扉の先がたぶん機関室だな。扉を守ってる奴らの数が多い」
「そうだろうね。グラナ、急いだ方が良さそうだ。大河を横断する鉄橋が見えてきた」
アルに言われて車窓の外をちらりと見ると、斜め右前方に大河に架けられた赤い鉄橋が目視出来るほどの距離まで近づいていた。心なしか先ほどより汽車の速さも上がっているような気もする。無理やり進路を変えた上に、無茶な加速で蒸気圧が高くなりすぎたのだろう。
さっさと制御を取り戻さないと大惨事にもなりかねない。
「アル乗客を頼む。目の前の奴らをすぐ片付けるから」
「だいぶ距離が離れてるし、奴ら銃機も構えているけど流石に無茶じゃないかい?」
普通ならそうだろうな、普通なら。
俺は車両の窓を一ヶ所開ける。密閉された空間に新鮮な大気が補充された。
距離もこれくらいなら大したことはない。——よし、行ける。
俺は深呼吸すると走りながら連換玉を励起する。
エーテルの流れを両足に集中。幸い前方に障害物は無い。
「元素解放!」
足裏から噴き出した風で加速。三歩で最高速に到達。
慌てた過激派の連中が銃機を乱射しているが、前方に気流を生み出して狙いを逸らさせる。銃が怖くて、連換術師が務まるかってんだ。
疾風の如く男達と距離を詰め、すれ違い様に纏めてその脚を風圧を乗せた下段回し蹴りで払う。両足の支えを失った男達を更に風で吹き上げ、前方の扉を蹴破る勢いで後方に身体を捻りながら宙返りし、空中で纏めて回し蹴りをお見舞いした。
「なんという⋯⋯身のこなし」
座席に顔ごと突っ込んだ一人の男が一言呟き意識を失う。
これで、前方車両のテロリストはあらかた片付いたはずだ。
「無茶苦茶だねぇ。連換術、殆ど使ってないじゃないか?」
「風の連換術は屋内だと使い勝手が悪すぎるからな。脚力の強化や、身体に纏って相手の攻撃を受け流したり、風圧で衝撃を和らげたりすることぐらいしか出来ないんだよ」
他にも風刃のように、風自体を鋭利な刃と化して飛ばすようなことも出来なくも無い。だが、高度なエ—テル操作を要求されるため身体強化に使ったほうがよっぽど効率的だと師匠から学んだ。
蹴破った扉の先の車両を見る。白煙を棚引かせる煙突と、大量に積まれた石炭。どうやら機関室はもうすぐらしい。俺とアルが扉の先へ向かおうとしたときだった。
「待ってください、師匠!!」
「シエラ? お前、どうしてここに?」
向こう側から全速力で走ってくるシエラの姿が見えた。待ってろと伝えたのに、無事で良かったけど。
「若、お怪我は?」
「この通り、ピンピンしてるさ。何かあったのかい? ジャイル君?」
「こちらのお嬢さんに先頭車両に妙なエーテルの気配がするから、連れていってほしいと言われまして⋯⋯」
ジャイルはそのガタイに似合わず、強面の顔でばつの悪そうに答えた。シエラの本気のおねだりの表情を見せられると俺も断りづらいからな。気持ちは分からんでもない。それはともかく妙なエーテルの気配?
「シエラ。この扉の先から何か感じたのか?」
「はい、師匠。上手くは言えないのですが、エーテル同士がお互いに反発しあって何かが上手く機能していないような——」
シエラもいまいち確信が持てない感じのようだが、内容からすると機関部に使われているエ—テルを動力とする何かが不調を来たしているのかも知れない。
汽車の速さが減速するそ振りも見られないことから、蒸気圧を調整する部分だろうか。……本来なら汽車の仕組みに詳しい乗務員か車掌に聞くのが筋なんだろうけど、縛られた人達の中にそれらしき人達は見当たらない。
となると、先頭車両か?
「アル、悪いが乗客の方を頼めるか? 万が一を考えて先頭車両と各車両を切り離す必要もありそうだ」
「それは構わないけど、二人だけで行くつもりかい?」
アルが心配そうにこちらの方を見ている。ここから先は連換術師の領分だ。
間違ってもこんなところで、命を危険に晒す必要は無い。かって矛を交えた国の王子であろうともな。
「俺たちのことなら心配するな。こういう事態には慣れてるからな」
「そうですね。師匠が厄介事を呼び込むことに関しては、精霊様の加護があっても止められないようですから」
「シエラ。頼むからそのことには触れないでくれ⋯⋯。俺だっていい加減うんざりしてるんだから」
ああ、恨めしいこのトラブル体質。なんでいつもこんなことばっかり。やっぱり、一回きちんとお祓いにでも行ったほうがいいのだろうか。とりあえず、目の前の問題をまずは解決しよう⋯⋯。
「無事に戻ってきてくれよ。グラナ、シエラさん。終わったら皇都で一杯やろうじゃないか!」
「その約束破るわけにはいかねぇな。俺の側を離れるなよ、シエラ」
「はい、師匠。 絶対になんとかしましょう!」
こうして、シエラと師弟関係になってから初めての連換術師としての責務を果たすため、俺たちは先頭車両の機関室へと急ぐのであった。




