四話 列車内の攻防
掴みかかろうとしてくる正気のない乗客相手に、ひたすらちぎっては投げを繰り返す。
だが、いくら体勢を崩してもその度にムクリと起き上がってくる乗客の姿は、墓場から這い出てくる亡者のようで気味が悪い。
「やー、これは中々手厳しいね? 運動不足には応えるよ、この立ち回り!」
「言うほど息上がってないだろ。けど、これじゃ切りが無い——」
背後から近づいてくる壮年の男性の足を前を向いたまま片足で止め、振り向き様に相手の左腕を素早く弾き、心臓めがけて右手で思い切りはたく。ヴィルムを気絶させた技だが、そもそも意識が無い状態で動かされているのだから効果はほぼ無く、いくら叩き伏せたところで際限なく起き上がる様はまるで動く屍を彷彿とさせた。
「どう? 本当は一年前もこんな風に子供達を操って、季節外れのハロウィンでもしようかと企んでたんだけどねー。あのギャップが可愛らしい騎士団長のお姉さんと、グラナが見事に邪魔してくれたからね—。何か思い出したくも無いゲストがいたような気がするけど」
「ほー? 中々楽しいことやってたようだね? グラナ? ギャップのある可愛らしい騎士団長のお姉さんか。その話、後で詳し——」
「何のことだか、さっぱりだ。そんなことより、そっちにもう三人ぐらい向かってったぞ?」
え? ふぎゃーっ!? というアルが押し倒される声が響いてきたが、こっちも手一杯だから自分でなんとかしてくれ。手加減を強いられる戦いにもやっと加減の付け方が少しは分かって来た。それにこの乗客達、微かにだが体内の生命エ—テルが汚染されているように感じる。であれば。
「元素収束」
乗客を次々に捌きながら俺はその場で回転しながらコマのように回り、回し蹴りで周囲に群がる乗客を壁に叩きつける。一時的に動きを封じたところで連換玉を励起した。
「元素解放!」
車両内の元素残量はあまり多くは無いが、元々密閉された空間だ。
俺の叫び声と共に微風のように清らかな風が車両内に空気の流れを生み出す。
解放した風は勿論——。
「そんな大して威力も無い風なんか吹かせて何するつもり?」
「同じ連換術師なのに、属性の特性も理解して無いのか? 三流だなヴィルム?」
俺の一言にヴィルムは、「んな!?」と怒りを露わにするがもう遅い。
聖葬人ジュデールとの一戦で使えるようになった風の連換術の特性、それは勿論『浄化』。
本来なら連換玉に取り込んで元素と一緒に解放することで汚染されたエーテルを浄化する工程を、風自体に浄化の力を宿すことで広範囲に渡ってエ—テルを浄化することが出来る。
マグノリアを覆った変質した聖女のエ—テルを浄化するときにも、十分役に立ったこの特性。そして七色石のロザリオを介してシエラと同調したことにより、聖女の奇跡の一つである変質したエ—テルを元に戻す『聖浄化』の力がほんの少しだけ俺の風に備わったらしい。連換術師が定期的に受ける体内エーテル検査の時に、ロレンツさんから聞いた時はまさかと思ったがこれを使わない手は無い!
「お? 乗客の動きが急に鈍くなったね? グラナ、君何かやったのかい?」
「説明は後だ、アル。今のうちにヴィルムを捕らえるぞ」
「え? え? なんで? 『ローレライの歌声』が解けてるの??」
やっぱり、こいつ詰めが甘いな。一年前と大して変わってない。
俺とアルは歌による催眠が解けかけて右往左往する乗客を掻き分けて、慌てるヴィルムの元へと駆け抜ける。今度こそ、一年前の事件のことから全て吐かせてやる。
あと少しでヴィルムに迫ろうとしたその時、車両全体が激しく揺れた。
「はぁ。結局失敗……か。そろそろ時間だしこれにて実験終了っと。 それじゃボクはこのへんで、ばいばい〜。——そろそろ列車の制御取り戻さないとマズイかもよ?」
言うや否や、ヴィルムは車窓の窓ガラスを割って大河に身を投げると、例の『水銀の盾』を展開し流れの早い急流へと落ちていく。
咄嗟のことで体が反応する前に逃がしてしまった。不幸中の幸いか乗客は無力化出来たのだから良しとすべきか。
「乗客達が糸でも切れたように、急に大人しくなったね。なんだったんだか」
「とりあえず今は列車の制御を取り戻すことが先だ。本番はこれからだろ」
俺は次の車両へと続く扉を開ける。この先は貨物車両か。テロリストが潜むにはおあつらえ向きの車両だな。再び警戒しながら進む俺たちの前に、アルと同じような民族衣装を着た褐色の男たちが立ち塞がった。
「隣の車両がやけに騒がしいと思ったら何者だ、お前達?」
「残念だが悪党に名乗る名は持ち合わせていない。連換術協会マグノリア支部所属の連換術師だ。さっさと投降してもらおうか? ラスルカン教過激派組織」
俺の一言に、露骨に険悪な表情を浮かべる過激派の面々。こうしている間にも列車の速度が少しずつか加速しているのを示すように、車窓を流れる景色矢継ぎ早に変わる。
時間が無い。速攻で突破しないと。
だが、俺の前を阻むようにアルが前に出た。
「ここは僕に任せてくれないかな? グラナ? 同郷の者が迷惑かけてるしね?」
「いや、口で言ってどうにかなる連中じゃないだろ」
「何とかなる。いや、何とかして見せるさ」
アルは円月刀を剣帯に仕舞うと、それを腰から外し過激派の連中に見せつけるように前に突きつける。一体何するつもりだ?
「その安っぽい円月刀で脅迫のつもりか? 同胞よ?」
「——この家紋を拝んでもまだ同じことが言えるかい?」
なんだ? 家紋? 身なりからして明らかに浮世離れしてるけど、アルハンブラはもしかして? 状況がどう転ぶか注視していると、しばらく家紋を凝視していた過激派の男の態度が一変した。突然畏怖を抱いたように額から汗を流し始めている。
「ルフと月の家紋⋯⋯貴様、いや貴方様は——」
「やれやれ。自国の民にすら知られてないんじゃ、僕も王家の人間失格だねぇ」
アルの奴、今なんと言った? 王家の人間??
「黙ってて済まなかったね、グラナ。僕の本当の名はカマル・アブ・サイード。ラサスムはサイード王家の第二王子さ。迷惑ついでで申し訳ないんだけど、この列車ジャックを止めるの手伝ってくれるかい?」
なんで俺の周りにはこうも素性を隠したがる奴ばかり、集うのだろうか。しかも、上流階級の人ばかり。でも、ほっとけないのも確かだ。この列車に乗ってるたまたま事件に巻き込まれた乗客に、俺の帰りを待っている可愛い弟子のためにも。列車ジャックを止めないと皇都にも辿りつけない。
「元よりそのつもりだ。さっさと機関室に急ぐぞ、アル」
「ありがとう。恩にきるよ、グラナ。それじゃあひと暴れしようか」
どちらからともなく目配せし合って、進路を塞ぐ過激派達を見据える。
示し合わせたつもりはないが、ほぼ同時に俺とアルは男たちに飛びかかった。




