二話 ラスルカン教
アルハンブラと名乗るラサスムから来た美丈夫についていった先の一等車両は、チケットも高額なだけあって隣の二等車両と比べるとまるでレンブラント邸の一室にいるかのような豪奢な内装だった。たかだか数時間の汽車の旅に、わざわざこんな車両で過ごしたいとは。貴族やお金持ちの考えることは一生理解できる気がしない。
「どうぞ。ここが僕が押さえてる個室さ」
「ご親切にどうも。じゃ、遠慮なく入らせてもらうぞ」
「えと、お邪魔します」
個室に入り目を惹くのは貴族の部屋と見紛う程の内装だった。ご丁寧なことに寝具まで常備されてる。なんとなく居心地の悪さを覚えながら進められるまま、部屋の中央に置かれたフカフカのソファに二人並んで腰掛けた。
「それで? 俺たちをこんなところに招待したのは、何の為だ?」
「そうだねー、いくつか理由はあるんだけど。まぁ、堅苦しい話はお茶でも飲みながらにしないかい? 迷惑かけたお詫びにラサスムのチャイをご馳走するよ」
アルハンブラは手慣れた様子で室内に設置されている湯沸かし器でお湯を沸かし始めた。次に戸棚から小洒落たティーカップとティーポットを取り出しテーブルに置いた。なんというか動作の一つ一つが絵になってるなこの男。
「さてと、準備はこんなもんか。お茶菓子もあるけどどうだい?」
「結構だ。お茶飲みに来た訳じゃ」
「お菓子ですか? もしかしてラサスムの?」
——シエラ。頼むから、こいつと必要以上に馴れ合わないでくれ。そういえばりんごパイもそうだけど、甘いもの好きだったな。ソシエからレンブラント邸にお呼ばれした時は、紅茶とお菓子をご馳走してもらってたようだし。
「残念ながら、ラサスムのお菓子じゃないんだ。マグノリアで買ったお土産用のクッキーなんだけど、それでもいいかな?」
仕方がない。アルハンブラのペースに乗せられてるのは尺だが、不本意だけど午後のティータイムとするか。お湯が沸くのを待つ間、俺は列車のすぐ側を流れる大河の景色を見ながら気づかれないように嘆息するのであった。
☆ ☆ ☆
「とても、甘いお茶ですね。美味しいです!」
「はっはっは、 美味しいだろう? チャイはラサスムなら誰もが大好きな飲み物だからね。気に入ってもらえて良かったよ」
お湯が沸き、手慣れた様子でアルハンブラが淹れてくれた“チャイ”を飲みながら、ゆったりと時間は過ぎて行く。確かにかなり甘ったるいが味は悪くない。シエラはお代わりも頼んでるくらいだし。寛いでると本題を忘れそうだ、そろそろどういうつもりであんな発言したのか聞くとしよう。
「美味しいお茶、ご馳走さん。それで? 要件は別にあるんだろ?」
「ふむ⋯⋯。察しがいいね? 実はさ、マグノリアの英雄と聖女を狙ったラスルカン教過激派が列車テロを企てているという秘密情報を入手してね? さっきの車両に怪しい奴がいないか燻り出すために、君達を利用させてもらいました。ごめんね?」
「ごめんで済むか!? おい、ちょっと待て、テロてなんだよ??」
どういうことだ? なんでラスルカン教過激派に俺とシエラが狙われないといけない??
「あー、そうだね—。ちょっと長い話になるんだけど聞く?」
「あの、聞かないと分からないので是非。それに、私と師匠だけじゃなくてこの汽車に乗ってる人達も危ないかもしれない⋯⋯ということですよね?」
そういうことになるな。つくづく俺は厄介事に好かれてるらしい。それにしてもラスルカン教か。
「唯一神『アンスル』を崇める、ラサスムを中心に大陸の中部から東部にかけて様々な宗派が存在する宗教だったか? ……帝国内にも少数だけどラスルカン教のモスクがあると聞いたことがあるが」
俺の説明にアルハンブラがおや? という表情を見せた。マグノリアの一件があってから精霊教会や聖女について、そして聖女の伝承にも少なからず関わりのあるラスルカン教の資料に一通り目を通したからな……。
あの地下礼拝堂で見た八枚目の壁画についても気になるし……。ロレンツさんの話によると、空想元素については連換術協会でも今後は独自に調査していくらしいが。
「そこまで知ってるなら話は早い。聖女の再来はラスルカン教徒にとっても他人事ではなくてね。面倒くさいことに」
「聖女と共に巡礼の旅をした七人の聖人。その一人がラスルカン教に伝えられている救世主⋯⋯なんだろ? で、聖女の復活と共に救世主もまた天より降臨するとか、そんな言い伝えがあるんだったな?」
ということはだ。おそらくその過激派の考えていることも凡そ検討はつく。
たぶん、再びこの世に再び現れた聖女を捉えて、救世主降臨の生贄にするとかそんな物騒な理由辺りだろうか。なんで宗教関係の行き過ぎた連中はこうも面倒くさい輩が多いのか、いい加減うんざりしてくる。
そして、どうやら俺が思っていることと同じことを、目の前に座っているアルハンブラも考えているようだった。
「まぁ、そういうわけで、ラスルカン教過激派の連中にとって君達は特別なんだよ。皇都までもう目と鼻の先だし、ここまで来たらテロなんて企てる余裕なんて無いとは思うけど」
「そうだな。列車の進路はエルボルン大河と並走するように走っている。ここら辺の大河は流れも急だし、川に潜んで何かするなんて出来ないからな。もうすぐ『ローレライの巨岩』も通り過ぎるし⋯⋯ん?」
待てよ? 確か緊急用の路線切り替え装置がこの近くにあって、それでレールが切り替わると皇都方面ではなく、東の国境近くの街、グルナードまで向かう大河を横断する鉄橋に繋がってたような?俺が周辺の地理からテロが仕掛けられるであろうポイントを、割り出そうとしていたその時。
「なんですか、この音!? 爆発音??」
突然列車の後方から火薬が破裂する大きな音と、車両全体がガタガタと大きく揺れた。続けてギーっと金属同士が擦れる耳障りな音が響き渡る。隣の車両が妙に静かだ。……何が起こってる??
「若!! ご無事ですか!?」
「そっちも無事みたいだね? ジャイル君。状況分かるかい?」
ドアから入って来たのは、ガタイの良い褐色の大柄な男性だった。アルハンブラのように頭に白い布を巻いている。どうやら彼の従者のようだ。
「先ほどの爆発音の後、列車の進路が切り替わったようです。皇都から急速に列車が遠ざかっております」
「——あの人の嫌な予感的中、か。こりゃ機関部が占拠されたぽいね」
「おい。何がどうなってるんだよ!?」
意味深な会話も気になるけど、今はそれどころじゃない。進路が切り替えられた?? それって⋯⋯。
「列車ジャックじゃない? まぁ、テロとたいして変わりないねぇ」
「和んでいる場合か!? ……くそっ」
冷めたチャイをずずーっとすするアルハンブラを尻目に、俺はベルトにぶら下げた革製の籠手入れから籠手を取り出すと左手に装着する。冗談じゃない、せっかくの列車の旅ぶち壊しやがって。
「師匠!!? どこへ!?」
「外の様子を見てくる。危ないからシエラはここで待っててくれ」
「そういうことなら、僕も付き合おうか?」
カップをテーブルに置いたアルハンブラは立ち上がると、剣帯を腰に吊るしていた。形状からして円月刀というやつだろうか? ただの道楽息子にはますます見えなくなって来たな。こいつ、本当に何者なのか。
「そういえば、まだ名前聞いて無かったよね?」
「今更だなグラナだ。……頼りにはしてないから安心しろ、アルハンブラ」
「長ったらしいから、アルでいいよ。それじゃ、行こうか? グラナ。ジャイル君、留守番と聖女のお嬢さんを任せるよ?」
言われるまでも無い。俺とアルは過激派に占拠された可能性のある、機関部先頭車両に向かって一等車両目指して車両の狭い通路の先へと駆け出した。




