エピローグ 〜物語は次の舞台へ〜
「それで……どうなったのですか!? 拐われた子供達は? 師匠とクラネスさんが倒した連換術師達は? ソシエさんは?」
「お、落ち着け……シエラ。今、順番に話すから……」
ようやく語り終えた『神隠し』を巡る一連の騒動だが、語れるのはあくまで事件の一面だけだ。
まず拐われた貴族の子供達はその後、倉庫街から少し離れたログハウスの中で発見された。全員健康状態にも問題は無く、中にはたっぷりと食料も常備され、野外で野晒しだったという最悪の事態は避けられた。
ただし、どうやって来たかまでは覚えておらず、気づいたらそのログハウスに他の子供達と一緒に居たらしい。貴族街に戻ろうにも見知らぬ景色で困っていたとか。
本当に何が目的でこんな大それた事件を起こしたのか。
そして、俺とクラネスが倒した二人の連換術師、ビジネス・ロスキーモとヴィルム・セレストの行方は分かっていない。市街騎士団が倉庫街を徹底的に調べたようだが、逃げないように縄で縛っといた二人は見つからず、代わりに切られた縄だけ残っていたという。
ヴィルムについては俺にはずっと気になっていることがある。
『l水銀の盾』を風で剥がして戦意喪失させ、胸をはたき気絶させるとき奴はこう言った。
まっ、目的は果たしたし良いか、と。
つい二ヶ月前も同じようなことを行った者がいる。マグノリアで起きたエ—テル変質事件。その首謀者である聖堂の司祭だ。司祭が行なっていたおぞましい実験により、街で行方不明になった者や、司祭の実験を止めようとしたのであろう貴族街の神父が犠牲となっていた。
今、改めて『神隠し』を巡る一連の流れを振り返ってみると、エ—テル変質事件と様々な共通項が浮かび上がるような気もする。
そして、その繋がりは俺が対峙した聖葬人ジュデールが明かした
『根元原理主義派《アルケ—》』とも無関係ではないのではという、予兆めいたものも感じていた。
まさか……一年前から全て仕組まれていた……ということなのだろうか
「それで師匠、ソシエさんは?」
「……ん? あ—悪い……ちょっと考えごとしてた……」
「う〜……一番肝心なところなのに……」
何故か分からないがシエラがいつに無く真剣だ。そんなに気になるのか。
ソシエに関してはレンブラント邸に運び込まれた後、クラネスがつきっきりで看病していたらしい。その間、イサクさんが休み無しで働いていたので、俺も市街騎士団の仕事を暫く手伝う羽目にはなったけど。
冬も過ぎ去った牡牛の月、すっかり具合のよくなったソシエは再び雑貨店を訪れ、正式にパトロンとなることを約束してくれた。ミックとミリアと顔を合わせたのもあれが初めてだったな。で、貴族街に行く度に二人の子守を任せられるようになった気がする。
「……ソシエさんのお話というより、師匠とクラネスさんのお話だったような気がします……」
シエラは一体どんな話を期待していたのだろうか。
これで一年前の出来事について語ることは大体語り終えたはずだ。
ただしシエラには、クラネスの過去やソシエとの関係については伏せている。これはソシエが雑貨店のパトロンとなる契約を結ぶ時に、唯一彼女から提示された条件でもあるからだ。
クラネスの本名、一時とはいえ己を見失っていたことは口外すべきではないと。
勿論、俺も同じ意見だった。……今だからこそ“シェリ—”という女性らしい一面も、“リノ・クラネス”として皆から頼れる騎士団長を演じていたことも、クラネスが“クラネス”として在る為に必要だったということを俺は理解出来ている。
そして、時が来れば彼女はきっと“彼女”らしく、自分を偽ることなく在るがままに生きることが出来るようになる。そんな幸せな未来を願う一人として、秘密は守り抜くと決めた。
あの素敵な女性は一二時の鐘と共に、彼女が落とした靴を然るべき相手が拾うまで姿を隠したのだと……そう思いたい。
「師匠は、マグノリアで色々な経験をされて来たのですね」
「そうだな。良い意味でも悪い意味でも退屈しない街だよ、マグノリアは」
お陰でシエラの連換術の師匠になったりな。ちょっと前の過去に引きづられていた俺じゃ考えられないことだった。……俺が弟子を持つなんて。
少しづつ、本当に少しづつだけど、ようやく俺も前に進み始めたのかもしれない。
列車はいつしか、肥沃な農耕地帯に入っていた。
緑色の小麦畑が一面に広がっている。もう少し経つと、これが黄金色になり車窓からの景色も華やぐのだろう。
ようやく全て話を聞き終えて満足したのか、シエラはバックからお弁当箱を二つ取り出した。そういやもう午後の一時か、二時間近く語りっぱなしだったとは。
「朝早く起きて準備したんです。レシピは全部ルーゼさんから教えてもらいました。どうぞ師匠」
「お、おう。それじゃ……遠慮なく。おーこれは美味しそうだな!」
お弁当箱の中にはカリカリに焼いたローストチキンのサンドイッチ、旬の野菜を使った瑞々しいサラダに、デザートに兎型にカットされたリンゴが入っている。話し疲れてすっかりお腹が空いている、俺は早速サンドイッチにかぶりついた。
「……! この味は、酒場の裏メニューのあのチキンか?」
冷めてるのにも関わらず、口の中に入れたチキンの皮はパリパリと小気味良い音を立てている。程よい辛みで味付けされたマスタードがまた堪らない。
「どうですか? お味の方は?」
「こんなに旨いサンドイッチ初めてだ。シエラは料理の才能もあるんだな。うん、美味しい!」
俺の素直な感想に可愛い弟子は幸せそうな笑顔で応えてくれた。
しかし、あのルーゼが気前良く裏メニューのレシピまで教えるなんてな今着ている洋服はソシエが譲ってくれたものだし、最近は詰所でオリヴィアにも色々教えて貰ってるらしいし、誰にも好かれる裏表の無い人間性は、かって病に苦しむ民の為に奔走した聖女の子孫たる由縁なのかもしれない。
あらためて身が引き締まる。この子に恥じない師匠にならなければ、と。
だけど……今だけはこの幸せな時間をシエラと一緒に過ごそう。
シエラが水筒から入れてくれた食後のコ—ヒ—を楽しみながら、汽車の心地よい振動に身を委ね、午後のひと時は穏やかに幸せに過ぎていくのであった。
☆ ☆ ☆
「頼んだぞ、アルタイル。お前だけが頼りだ。この手紙を無事にアイツに届けてくれよ」
グラナとシエラが車両内で寛いでいた頃、車両の外、連結デッキでは褐色の美丈夫が一羽の鷹にしてはやや大きい鳥を肩に乗せて話しかけていた。
鳥類学者が見れば目を疑うようなその鳥は、帝国の隣国ラサスムの奥地に生息すると言われている伝説のルフとそっくりな特徴が端々に見られる。
「え? 帝国の方が水源は沢山あるし、餌にも困らないから帰りたくない? ……いや—そこをどうか頼むよ? ほら皇女様との例の縁談、あれ失敗するわけにはいかないからさ? ダメ?」
アルタイルと呼ばれた鷹? はしょうがない……と言わんばかりに男性が頭に被っている白いクーフィーヤを啄むと、留まっていた肩から飛び立ち夏の空へと舞い上がる。
行先は帝国の東……ラサスムの方角だった。
「ふ—、やっと行ってくれたか……。さてと」
「王子……こちらにいらっしゃいましたか」
車両のドアを開けて、男性の従者と思しきいかつい顔の大男が王子と呼びかけた。
「あ—ジャイル君? 一応、お忍びで来てるんだからさ? 王子〜じゃなくて、とりあえず“若”と呼んでくれない?」
「これは失礼しました……“若王子”」
「もうさ、それワザとだよね?」
いまいち緊張感の無いやり取りではあるが、気心知れた仲なのは会話から察せられた。“若”はアルタイルが飛んで行った方角に眼を向けて表情を険しいものに変える。
その威風堂々たる佇まいは、何処かの王家の血を引く者のみが持つ証なのかも知れなかった。
「例の連換術師と聖女の子孫を狙った列車テロ。本当に起きるのでしょうか?」
「さてね。アレンさんの考えすぎかも知れないけど、一応警戒しとくに越したことはないんじゃない? なんせ、彼らはマグノリアを救った本物の英雄と聖女だ。子孫であるかは関係無い、帝国の民衆にとって彼女は既に聖女の再来だ。だからこそ、うちの国のわからんちん共も、ほっとけないのだろうねぇ……」
“若”は「はあぁ……」と大きな溜息をつく。どうやら彼等にしか知り得ない事情があるようであり、それは少なからずグラナとシエラにも関係することらしい。
皇都行きの汽車の中で交差する現在と過去。彼等の行先に待つのは華々しい帝国の首都か、はたまた権謀術数渦巻く華やかでありながら汚泥に塗れた人の闇か。その行先はまさに精霊のみぞ知るのであった。




