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旧約 マグノリアの連換術師  作者: 大宮 葉月
断章二 海都と半精霊(セーミス)
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七話 密猟者

「いいですか? まずは体の余分な力を抜いて、手足を柔軟に動かせるように意識してください」

「はい! 先生!」


 早速ペルセによる水泳訓練が始まる。どうやら水に身体を浮かせるところから始めるようだ。

 シエラに泳ぎ方を教えるペルセの表情は真剣そのもの。これは俺が出る幕は無いなと察し、しばし見守ることにした。


 空は快晴。風も無く波も穏やか。夏も終わりということもあり、海月(クラゲ)がふわふわ浮いてはいるが数もそこまで多くは無い。浅瀬で賑やかに泳ぎ方を習い、教える二人から視線を外し右奥の方に広がる岩礁地帯にふと視線を向ける。


 確かこのプライベートビーチ周辺は真珠が採取出来るとも、ホテルの売店で購入したガイドブックに載っていた。最も天然の真珠を作り出す黒蝶貝の採取は専用の免許(ライセンス)が必要であり、黙って取ればそれは密猟と見做されるようだ。


 だからこそ気になった。プライベートビーチにも関わらず無断で侵入したと思しき、潜水服姿の数名が岩礁地帯に消えていったのを。


「おー! シエラちゃん筋がいいね。で、当のお師匠は随分と怖い顔をしてるね。何か気になることでも?」

「アルか……。水泳訓練なら順調だ。うってつけの先生が付きっ切りで教えてくれているからな」

「うわー。仰向けで海の上に浮いてるの不思議です!」

「そのままの体勢をしばらく維持しましょう。力を抜いて波に委ねてください。この体勢が安定するようになったら背泳ぎから教えましょう」

「お願いします! 先生!」


 元々の運動神経の良さもあって、早くもシエラは水の上に浮けるようになっていた。

 我が弟子ながら恐ろしいくらいの飲み込み速度だ。それにしてもペルセの教え方は上手だな、と感心する。と、シエラとペルセは置いといて……。


「順調そうじゃ無いか。それにシエラさんに泳ぎ方を教えているのは、昨日ホテルの前でグラナとぶつかったあの子かな?」

「ああ。彼女はペルセ。職業はライフセーバーらしい」

「へぇー。また、珍しい仕事をされてるねぇ。それより、向こうの岩礁地帯の方に何か気になることでも?」


 聡いアルには俺が気になってることなどお見通しのようだ。もしくは、アルも同じ人影を見たのかもしれない。俺は手短に怪しい潜水服を纏った者達を見かけたことを伝えた。


「……なるほどね。プライベートビーチだからこそ人の出入りも少ないのをいい事に、密猟者が真珠を根こそぎ採取してるかもしれない、と」

「考えすぎかもしれないけどな。けど、この場で動ける男出は俺達だけだ。セシルとソシエには事が判明してから伝えればいいと思うし」

「だね。グズグズしてたら見失う。ここは僕たちだけで真偽を確かめようじゃないか」


 俺とアルは頷き合うと、シエラとペルセを残してそのまま移動を開始する。

 目指すはビーチの奥にある立ち入り禁止の岩礁地帯だ。人工的に整備された砂浜と違って、水深もぐっと深くなるし満足に泳げないシエラはそもそも連れて行けない。


 とそこまで考えて、砂漠の国出身で泳ぐ機会など無いアルが泳げるのか気になった。


「そういえばアル。お前は泳げるのか?」

「そうだねぇ。得意というわけでは無いけど、一通りの泳ぎ方なら熟知しているよ。こう見えても海は好きだからね。諸外国で海水浴の経験ならそれなりにあるし」


 流石はラサスムの第二王子。見聞を広める諸外国訪問の折に海水浴も嗜まれていたとは。やはり俺のような一般帝国人とは住む世界が違うんだな、と思わされる。


 そんなことを話しながら波打ち際を全力疾走していると、いつの間にか「KEEP OUT」とペンキで描かれた看板が巌窟の前に設置されている地点に着いた。トンネルのような巌窟を抜けた向こうは水深の深そうな入江となっており、周囲には複数の足跡と思しきものが、打ち上げられた海藻にしっかりと残っていた。どうやら密猟者達はここで準備を整えて、海に潜っていったようだ。岩礁地帯は切り立った崖になっており、出入り口と呼べるものは背後のトンネルしか無い。


「採取した真珠を一時的に保管するベースのようなものを、何処かにこさえているかもしれない。僕はこの巌窟周囲を警戒しながら見張るから、グラナは海中の捜索を頼めるかい?」

「了解。丸腰なんだから注意しろよ」

「そういうグラナもね」


 やれやれ、とんだバカンスになったもんだとため息を吐きながら、俺は海中に向かって勢いよく飛び込んだ。


☆ ☆ ☆

 海水を掻いて海中深くに潜航する。水深はざっと見積もっても30プラム以上はあるようで、透明で済んだ海水は裸眼でも底が見通せるほど綺麗だ。内海に生息する色鮮やかな魚達が群れなす様は、天然の水族館のようですらある。


 周囲の景色に見惚れるのもそこそこに周囲を用心深く見回す。すると、海底近くで怪しい動作でキョロキョロと何かを探している潜水服を着た密猟者と思しき奴を見つけた。


 さて、どうするか? 左腕に意識を集中すると翡翠の籠手を顕現させる。

 皇都の異変以降、すっかり出し入れのコツも分かった風の精霊からの贈り物。

 囚われた時に没収された可動式籠手とルーゼからプレゼントされた革製の籠手入れは、当然のことながら都合よく見つかることは無かった。


(元素解放!)


 翡翠の籠手から連換したのは海中でもお構いなく吹き荒れる七色の風。

 これを四肢に纏わせ、水の抵抗を極力受けないようにする。水没する深層領域でのあの経験が早速役に立つとは思わなかったが、これで素早く泳ぐ事が出来る。


 俺は気付かれないように潜水服の人物に背後から近付いた。

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