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旧約 マグノリアの連換術師  作者: 大宮 葉月
二章 皇太女と砂月の君 後編
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五十五話 人工湖の秘密

「それで、僕を顎で使おうと?」

「誰もそんなこと言って無いだろ……。それより、元将軍の容態は?」


 あの後、異国通りのモスクにある電信機で協会本部とやり取りを行いアルに事情を説明した俺とアクエスは、お昼過ぎに帝城内の貴賓室でアルと対面していた。

 もちろん今回も勝手口から城内に入れてもらった。正門から入れるのはいつになるやら——。


「火傷の痕が酷くてね。二日間は眠りっぱなしだったんだけど、今日ようやく意識が戻った。ただ、医者が言うには絶対安静の指示だ。これから焼け焦げた皮膚の除去手術も控えてる」


 鎮痛な面持ちでアルは元将軍の容態を告げる。医学的な知識は持って無いが、身体の広範囲に渡る火傷の為、そのまま放置すれば最悪死に至る状況ということだ。


「それで、元将軍に話は聞けそうなの?」

「ああ……。ただし、時間はそんなに取らせて貰えなかった。半刻ってところだね。——僕としてもあまり無理はさせたく無い」


 充分だろう。俺自身もフレイメル従司教の火の連換術による爆炎で意識を刈り取られた。

 もし、あの時。元将軍に突き飛ばされていなければ大火傷を負っていたのは、俺……だったはずだ。


 悪運が強いのか、それとも生かされているのか——————。

 これも俺自身が『精霊の落とし子』と呼ばれる特別な存在だからなのだろうか。


「バーヒルが目覚めて二時間弱。そろそろ、また休まないといけない頃合いだ。話を訊くなら今しかないよ」


「貴重な時間を無駄に出来ないな。早速、元将軍に会いに行こう」


 貴賓室を出た後、俺たちの事情を知っている侍女長に案内され、帝城地下の独房へと向かうのだった。


 ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


 帝城下層にある独房区画は、目の前にある人工湖の水面より下に位置するのもあってなんとなくひんやりとした空気が漂っている。

 皇都周辺の地盤は水を吸収しやすい地層なので、聞くところによると区画の通路にはよく水溜りが出来ているとか。人工湖の水は浸水しないような作りになっているらしいが、本当か? と不安に思わせる。


 硬い岩盤を削って作られたという区画内の通路を案内されること、五分程。

 ようやく目的の独房が見えてきた。重罪人用のそれは、牢屋が剥き出しでは無く鉄の扉で仕切られており、見張りの衛兵の側には医者と看護師らしき人もいる。バーヒル元将軍はテロリスト扱いではあるが、人命が最優先といったところだろうか。


「失礼、ラサスム王族の者だ。バーヒルと面会したいのだが」

「既に連絡いただいております。どうぞこちらへ——」


 衛兵が扉を開く。重苦しい金属音と共に俺達は扉を潜り独房の中へと足を踏み入れた。


「——心配したというのに、意外と元気そうだね。安心したよ」

「……カマル王子」


 入院患者用の頑丈なベッドに横たわる巨漢の元将軍は顔半分、目を隠すように包帯が巻かれていた。毛布の隙間から覗く手足にも包帯がしっかりと巻かれており、その重傷度合いが嫌でも分かる。


「時間が無いから手短に聞くよバーヒル。皇都の地下に潜伏して一体何をしようとしてたのかい?」

「……」


 ただ真実が知りたいアルの問いかけにバーヒルは答えなかった。

 その見えない瞳でアルの真意を測りかねている……といった風に見えなくもない。

 この場はアルに任せるのが正解なのだろう。だが、俺はどうしても将軍自身の口から話して欲しいという気持ちを抑えることが出来なかった。


「——恥を承知で頼む、バーヒル将軍。根元原理主義派アルケーについて何か知っていることがあるなら教えて欲しい」

「……あの時の小僧か。お前の弟子である聖女の子孫には済まないことをした」

「そう思ってるなら、奴らの居場所を教えてくれ!! シエラは……俺の弟子は奴らに捕らえられた。俺は……弟子を失いたく無い。命に換えても——」


 俺の悲痛な訴えにアルがやれやれと頭を振る。短い付き合いだがアルが言いたいことも分かる。この場は任せて欲しいのだろう。不始末を起こした者たちの祖国の王族として。




 でも、それじゃ駄目なんだと気づいた。

 これは俺自身の慢心が招いたことであり、汚名を返上するには俺自身が行動で示すほかない——と。


「……顔を上げよ。仮にも師を自負するものがそんな情けない顔をするものでは無い」

「——でも」

「奴らの居場所は拙僧にも分からぬ。我らは奴らとは違う。協力することはあれど心より許せる者達では無いことは、あの死の商人の異常性を見るまでも無い」

「あんたでも、シエラの居場所は分からないってことかよ——」

「話は最後まで聞くがいい。奴らの拠点は目星がついている。怪しいのはこの城の地下……湖底よりも更に深くだ」


 バーヒルは包帯で巻かれた腕を伸ばし人差し指を床に向けた。

 現在地より更に地下? どういうことだろうか。


「潜伏中、仲間と共に遺構内を隅々まで歩き回り確信した。この皇都には誰も知らない更に地下への入り口があるとな」

「どういうこと? それ」


 協会本部で活動してるだけあって皇都には詳しいと思われるアクエスも、怪訝そうにバーヒルに問いかける。あの地下遺構よりも更に地下……流石にそんなことあるわけ——。


「なるほど『水の精霊アクレム』か……」


 ただ一人、バーヒルが言わんとしたことに気づいたアルが意味深に呟く。

 何故、ここで精霊の名が出てくる? さっぱり分からないぞ?


「どういうこと?」

「簡単なことさ。帝城の前にある人口湖は何の為に作られたと思う?」


 アルが不出来な生徒を試すように、問題を出してきた。

 人口湖が作られた理由? 何故、今更そんなことを聞くのだろうか?


「順番に整理してみよう。まず皇都はエルボルン大河から水路の水を引き込んでいる」

「そりゃ、そういう作りの都だからだろ……」

「いや、これ意外と重要なのだよ。この付近の土地は大陸の中央に位置しているのもあって雨が少ない。加えて地層そのものが水を吸いやすい地盤だから、そもそもとして人が住むには不向きな土地なのさ」


 いつの間にか伊達メガネをかけたアルはまるで教師のように解説を始める。


「加えて、帝国の大動脈でもあるエルボルン大河はしょっちゅう氾濫する厄介な川。水気を吸収しやすい土地であるから農作業には向いていたのだろうけど、氾濫だけはどうしようも無い。そこで昔の人は地面が柔らかいのをいいことに大河の水が溢れないよう、いくつもの河川を作ったのさ。ちょうど今から八百年前ぐらいの頃だね」


 ここでアルは言葉を区切る。まるでこれから語ることが本命であるかのように。


「けれど、それでも水の流れは長い年月を経る内に、大地に大きな窪みを作った。激しい川の流れを制御しようとした反動で大河の底から徐々に土砂が削られ、元々陥没しやすい土地に大きな貯水湖が出来上がった。これが帝城の目の前にある人工湖の原型。そして、この人工湖にはあり得ないことがもう一つある」

「あり得ないこと?」

「湖の水嵩が増えないことだよ。大河の水がいくら流れこんだところで、人工湖の水が溢れたなんて話は聞いたことが無いだろ? つまり、湖の底には穴が空いており湖底から水が更に地下に流れているということさ。あれだけの水量が常に流れ続けているなら、人工湖の地下には更に広大な空間があったとしてもおかしく無い」

「理屈はわかった。けれど、それと水の精霊に何の関係が?」


 アクエスの疑問も最もだ。水の精霊といえば皇家の象徴でもあるが今の話とどう繋がるのか。

 待てよ……。あの地下遺構にいくつも水の精霊の紋様があったのは——————。


「水の精霊の力——。いや、この皇都は水の連換術によって制御された都市——それが僕の見解さ。名も残っていない歴代の水の連換術師達によってね。アクエス君の二つ名もそこから取ったものでは無いのかな?」


 俺は余りにも荒唐無稽なその解釈に、唖然とするが不思議な説得力があった。

 確かに辻褄は合う。もしそれが事実であるのなら、奴らは地下から皇都を流れる水を管理しているということだろう。であるなら、これまで遭遇してきた水路の水とエーテルの異常にも理由付けられる。


「流石はカマル王子。——祖国の水不足を解決する為にそこまで調べておいでだったか」

「治水はラサスムにおいて最優先事項だ。こうなると是が非でも欲しくなったよ、連換術協会」

 

 何か物騒なことを言っているが、聞かなかったことにしよう。

 取り敢えず、やることも決まったな。地下遺構を探索して更に地下へと向かう隠し通路を何としても見つける。マグノリアでもあの聖葬人は地下礼拝堂に陣取っていた。


 であるならば、根元原理主義派アルケーの拠点もきっと地下に——。


「お話は聞かせていただきました」


 そこへ、最もこの場に似つかわしく無い可憐な声が独房内に響き渡る。

 この声は——。


「三日ぶりですね、グラナ?」

「セシル……殿下?」

「もう、殿下はやめてくださいなと、お伝えしたでしょうに」

「————いつの間に皇女殿下と仲良くなったの?」

「これは中々隅に置けないねー。というより殿下? 何故ここへ?」


 セシルは後ろに控えていた侍女長から腕輪のようなものを受け取り手に嵌めた。腕輪には海のように深い青色の連換玉が嵌ってる——だと??


「今の私は皇女ではありません。今代の皇都の治水を預かる『陽』の巫女として、参上した次第です」

「どういうことだよ……。セシル、お前も連換術師だったのか?? それに『陽』の巫女って何だよ??」

「黙っていてごめんなさい。あの場で打ち明けるつもりでしたが、枢機卿の前でこの事実を話すわけにはいきませんでしたので」


 セシルの申し訳無さそうな顔を見てるとそれ以上何も言えない。その横ではなぜか面白く無い顔をしているアクエスがいた。


「こうしてお会いするのは初めてですね。『陰』の巫女」

「——できればそういう機会が無ければ良かったけどね。それで、殿下が『対の巫女』として出てきたってことは……」

「お察しの通りです。人工湖の湖底より更に地下、水の精霊の御神体が眠る聖域……いえ、帝国に巣食う秘密結社の巣窟を暴く為、『ローレライの門』を開くのです。私と……アクエスさんで」

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