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プロローグ 

 古い聖堂の一室にその少女は身を潜めていた。

 さっきまで慌ただしく聖職者達の足音が鳴り響いていて、いつ見つかるかと気が気でなかった。が、先ほどから、まるで聖堂から人が一切いなくなったかのような静けさが辺りを覆っている。


 慎重に古い蝶番がきしまないよう音を立てずにドアを開き、顔だけ覗かせて廊下を確認。


 人影は見当たらなかった。


 ほっと息を吐き視線を落とす。夜の闇を吸い込んだかのように黒光りする床に、窓辺に灯された燭台のぼうっとした淡い光がゆらゆらと反射している。


 しばしその灯火に目を奪われていると、階下から朗々と響く祝詞が聞こえてきた。

 思わずびっくりして声が出そうになり、あわてて両手で口を塞ぐ。


 この街に無理矢理連れて来られ、わけもわからず聖堂に引き渡された際、見るからに悪徳僧侶のような顔つきをした司祭から告げられたことを思い出した。


 ——もうじきマグノリアでは生誕祭が開かれる。お役目を果たすまではお前にも手伝ってもらうぞ、と。


 事情を知らされていない、世話役のシスターから確か今夜は本祭の前に前夜祭が開かれることを、その直後に教えてもらったはずなのに、極度の緊張でど忘れしていたらしい。

 つまり、今この時だけは聖堂内の聖職者達やシスター達は、祝詞を捧げることに集中しているわけで。逃げだすなら今しかない。


 少女は灯りのない暗い部屋に戻ると、引っ掛けていた漆黒のローブを手早く羽織る。祭りの前、浮き足立つ街の宵闇に紛れることが出来れば、追っ手に捕まることなく脱出出来るはず……と、根拠の無い確信を持ちながら。


 最後に開かれたのはいつなのかもわからない埃だらけのカーテンを開けて、年代物の立て開きの窓を慎重に開けた。むわっとした埃まみれの空気が出口を探すように少女の耳元を通り過ぎ、正面からは爽やかな夜風が頬を撫でる。


 脱出路として目を付けていたこの物置部屋はどうやら正解だったらしい。


 窓が面しているのは聖堂の裏手。裏口を見張っている守衛も、まさか屋根を伝って逃げ出すなんて夢にも思わないだろう。


 とはいえぐずぐずとはしてられない。さっきまでの足音はまさに少女を探す聖職者達の足音なのだから、身を隠しているのはとうに知られている。


 慎重に窓から身を乗り出して、やや傾斜が緩い屋根の上に慎重に着地する。

 ここまでは上手くいった。

 あとは誰にも見つからずに聖堂を抜け出すだけ。

 さて、どうやって屋根から降りようか? 

 思案していると背後から視線のような何かを感じた。


  振り返れば月明かりに照らされた精霊教会に務めるものなら、誰もが一度は目にする聖女の肖像画が掛けられていた。

 聖堂内の誰も注意を払わなかったつかの間の隠れ家は、どうやら尊きお方のご加護によって守られていたらしい。


「——感謝いたします。聖女様」


 少女は深々と肖像画に向かって頭を下げる。

 すると同時に少女の胸元から淡い虹色の光りが、溢れた。


「わ、わわっ……こんな時に、なんなのです?」


 聖堂の裏手は小さな墓地になっている。死者が眠る地に流石に夜に立ち入る者はいなくても、この光をもし万が一目撃でもされたら確かめようと人が来てもおかしくはない。

 上段の屋根の影に急いで身を隠したのち、光が漏れないようにそっと胸元からそれを取り出す。

 十字の形状をしたどこにでもある普通のロザリオだ。

 ただ一つ、持ち主の意思とは関係なく七色に光ることが時折あることを除けば。


 壁には聖女の絵画が飾ってあり、薄暗い部屋を照らす蝋燭の灯りが本来、見る者に安らぎをもたらすはずの彼女の微笑を、妖艶なおよそ聖職者には見えない何か別のものかのような印象を与えていた。少なくともその部屋に潜む少女の瞳にはそのように映っていた。


 もっとも少女の関心は絵画ではなく、ドアを隔てた先の廊下に意識を向けている。  

 周囲の状況を確認した少女は、、部屋からそっと抜け出した。

 そのまま聖堂の裏手から抜け出した少女は、前夜祭で浮かれる夜の街へと歩き出す。人混みを避けるよう少女は薄暗い路地へと入り込み、時折背後を振り返っては先へと進む。


 複雑に入り組む路地を抜けるとそこは街はずれの一角。人気も無いその場所には放棄されて久しい教会が、街の喧騒から取り残されるように佇んでいた。


「反応はここから……なのかな」


 腐食した教会の扉の前で少女は胸元からロザリオを取り出した。思った通り、それは暗闇の中で道を示すように七色の光で発光していた。

 少女は教会の大扉に手をかける。ギィィィィィ⋯⋯と油も差されて久しい蝶番が軋みながら扉を左右に開いていく。朽ち果て饐えた匂いに顔を顰めながら少女が教会に足を踏み入れようとした、その時。


「どこに行くつもりさね?  見習いシスター?」


 少女の背後にフードを被った人物が笑みを浮かべ、退路を塞いでいた。

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